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東谷暁による「事件」に対する解釈論

米国のドローンと露国の戦闘機を「衝突」させたのは何か;これまでは珍しくない出来事だった

黒海の上空で3月14日に、アメリカの偵察ドローンMQ9と、ロシアのジョット戦闘機Su--27が衝突したと米軍は発表した。アメリカ側の発表ではMQ9のプロペラが損傷して、そのため海に墜落したという。このときロシア機が燃料をドローンにかけたとの指摘もあって、その後、米空軍はその映像を発表しているが、いっぽうロシア軍は、緊急発進はしたが「搭載武器は使っていないし、接触もしていない」と述べている。


しばらく、相手の避難合戦が続いたが、英経済誌ジ・エコノミスト3月15日号は、解説記事「ロシアのジェットとアメリカのドローンとの衝突を生じさせたのは何か」を掲載している。この記事は「空中での妨害はありふれているが、衝突することはまれだ」と指摘して、これまでもこの程度のこと(たんなる遭遇あるいは軽度の接触)は繰り返されてきたことであり、大事件などではないと醒めた調子の論評をしている。では、なぜ大騒ぎになったのか?

黒海で思い出すのは、この海域を支配していたことになっていたロシアの戦艦「モスクワ」がいとも簡単にウクライナ側の攻撃を受けて沈没してしまった事件だ。このときアメリカは自分たちの情報提供をひたすら否定したが、英国のメディアがアメリカの偵察機の動きを細かく追跡していて、そのデータを示しながら戦艦モスクワが航行していた地域の情報収集を米偵察機がしていたことを指摘した。今度のドローンMQ9も「リーパー(死神)」と呼ばれる情報収集ドローンであって、公海上空であるとしても、ロシア軍の動きを把捉するため偵察飛行をしていたことは間違いない。

The Economistより:これまでも高い頻度で西側の偵察機は飛び交っていた


では、そうした行為は珍しいことなのかといえば、まったくそうではない。ジ・エコノミストによれば「アメリカとその同盟国は、常時、ドローンと乗組員をのせた航空機が、東ヨーロッパと黒海上空を飛行させており、クリミアのロシア軍やウクライナの他の箇所でのデータを収集している」という(上図参照)。これに対してロシア側もそうした米欧の偵察行為を逆に偵察するためにジェット戦闘機を飛ばしているし、また、NATOもロシアの爆撃機が接近してくるのを偵察するために、同じようにドローンやジェット機を飛ばしている。しかし、「そうしたお互いの偵察を妨害する行為がしょっちゅうあるわけではない」。アメリカ側のロシアへの批判のなかに「プロらしくない」という言葉があるのは興味深い。


アメリカの軍事シンクタンクであるランド研究所は、2014年から2018年までにアメリカ側の偵察機がロシアの「積極的な」行動に出くわすのは、飛行全体の5%以下にとどまっていたという。また、同研究によれば、ロシア側が積極的かというとそうでもなくて、むしろ受け身といったほうが適切だという。「データによれば、ヨーロッパ側の情報収集や爆撃機の飛行が増加するにつれて、ロシア側の積極的な行動が増えている」ということらしい。


では、どうして今回、これほどまでに注目された「大事件」となってしまったのだろうか。何かこれまでとは異なるファクターが存在しているのだろうか。まず、もちろんのことだが、ウクライナ戦争が第二次世界大戦以来、最大規模のヨーロッパでの戦争となったことだろう。また、この戦争がこれまでになく「情報戦」の色彩を帯びていることも関係している。我われは気がつかないうちに、自国の陣営用の情報にどっぷりと漬かっているのだ。

たとえば、この「空中戦」の情報は、ロシアの空軍がいかに粗暴であるかを示唆することになるだろう。その粗暴なイメージはNATOからの戦闘機の供与を納得させるひとつの材料となるかもしれない。直後、ポーランド旧ソ連時代のミグ戦闘機を4機供与することを発表したが、関係があるのではないかと思ってしまうのは、勘繰りすぎというものなのだろうか。

そして、これはジ・エコノミストのインタビューに答えている、元軍事パイロットで歴史家のロバート・ホプキンスが指摘しているのだが、「これまでと異なっているのは、事実が公表されて盛んに議論されるようになった」からだという。「ソーシャルメディアのお陰で、より多くの人がこうした事件を知るようになったことが大きい」。