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東谷暁による「事件」に対する解釈論

プーチンがベラルーシへの核兵器配備を決定;これでロシアの核戦争が始まるのか?

ロシアのプーチン大統領が、ベラルーシに戦術核兵器を配備すると述べていたが、いよいよ7月には実行するというので緊張が高まっている。アメリカやNATOとの核戦争が始まる危険はどこまで上昇したのか。これは単なるプーチンの威嚇なのか、それとも脅威は迫っているのか、いくつかの報道をもとに考えてみよう。


英経済紙フィナンシャルタイムズ3月26日付の「プーチンベラルーシへの戦術核配備を企てている」によれば、「プーチン大統領は、ベラルーシに戦術核兵器の格納庫の建設は作業は7月1日までに完了すると述べている。これはアメリカによる核兵器配備に対応するものだと語っているという」。

プーチンは、ロシアはベラルーシに戦術核のコントロールを移管したのではないから、非核拡散合意に違反しているわけではないという。とはいえ、この決定はロシアが1年ほどまえにウクライナに侵攻して以来、兵器備蓄についてクレムリンが行った、もっとも重要なステップであることは間違いない」

プーチンによれば、この配備はベラルーシの独裁的リーダー、アレキサンドル・ルカシェンコの以前からの要請に基づいたものであり、ルカシェンコはロシアが自国をウクライナへの攻撃の基地として使用することを許可してきたという。したがって、この配備によってさらにいっそう、ベラルーシをロシアの戦争に深く巻き込むことになると思われると、同紙は指摘している。興味深いのは、プーチンがかなり饒舌に、あれこれ理屈を並べ立てていることだ。


「ここに異例なものは何もない。まず、アメリカはこの数十年にわたって、これと同じことをしてきた。アメリカは6つのNATO同盟国と戦術核を配備してきた。それに対してロシアとベラルーシは、非拡散防止条約に違反することなく、同様のことに合意したにすぎない。アメリカとその同盟国は戦術核をいくつかの国に配備する準備を行い、また、そのための人員に訓練を施してきた。我々は同じことをしているだけなのだ」

これまで、ロシアがベラルーシに対して、戦術核の配備を始めるのはいつになるか、明確ではなかった。しかし、プーチンによれば、すでにベラルーシの10機の爆撃機に装備の準備が完了している。また、ロシアはイスカンダル・ミサイルのシステムに必要な、ベラルーシ軍のトレーニングを始めることになるという。

とはいえ、アメリカはかつてのロシアとの協定によって、戦術核は230まで縮小してしまった。ロシアはいまも2000も保有しており、イスカンダル・ミサイルなどを従来のシステムによって配備することができる。(これはロシアが協定を廃棄する前から、アメリカのハイテク兵器に対応できるようにするために、戦術核の拡充を続けたことによるものだ。)

では、なぜいまプーチンは発表したのだろうか。フィナンシャルタイムズは、英国が先週、ウクライナに対して、劣化ウラニウムを用いた対戦車砲弾を供給すると発表したことを指摘している。(これは言うまでもなく、相手の戦車の装甲を打ち抜く力を、各段に高めることに貢献することになるだろう。)こうしたNATO側の新しい動きに対して、ロシアもベラルーシへの戦術核配備を発表して牽制しているというわけだ。


しかし、フィナンシャルタイムズは、この配備がウクライナ戦争にとって決定的なものにはならないとの見通しを、専門家の意見として紹介している。アメリカの国家安全保障会議スポークスマン、アンドリン・ワトソンは、アメリカはまだロシアが核兵器を使う兆候をつかんでいないと述べている。「われわれはアメリカの戦略核について態度を即座に決めなくてはならない理由もなければ、ロシアが核兵器の使用を準備している兆候も見てもいません。われわれはNATOとの集団防衛を維持するだけのことです」。

アメリカのある高官は、プーチンの発表は、ベラルーシの「自由の日」に対する牽制ではないかと見ている。この3月25日の「自由の日」というのは、非公式な祝日だが、国外にいるベラルーシ人によるルカシェンコ大統領への反対運動の機会となり、ウクライナへの義勇軍参加を加速するとの指摘もある。アメリカも、支援する意味で3月24日にベラルーシの高官などに対して制裁措置とビザ発行停止を行い、この動きを支持している。

こうしたベラルーシに配備したロシアの戦術核が、いまの戦況を大きく変えないという予測の根拠は何だろうか。また、戦術核というのは、いまのウクライナ戦争においてどれほどのウエイトをもちうるのだろうか。実はすでに、これまでも専門家たちのなかには、いわれているほど大きな効果はないと指摘する者も少なくなかった。


というのは、戦術核兵器というのは破壊力が、都市を消滅させるとされる戦略核兵器にくらべて極端に小さく、また、使い道も限定される。たとえば、相手の軍事施設を破壊するとか、敵地の上空で爆発させて、発生した電磁波で一帯の電子回路を焼き切るとかの、戦局を少し動かす程度の効果に留まるだろうとの見方があるのだ。

また、フィナンシャルタイムズ3月25日付に「習近平のロシア訪問は核戦争の可能性を低くすると、EUの外交担当者が語った」を掲載して、先日の習近平プーチンとの会談が、世界の緊張を緩和し、プーチン核兵器を使う可能性を低くするだろうという見通しを紹介している。

このように指摘したのは、EU外交チーフのジョセフ・ボレルで、習近平が示したウクライナ戦争の和平案が、それがすぐに受け入れられるか否かはともかくとして、「いちばん大きなことは、習近平が訪問したことが核戦争の危険性を低くしたことで、中国はそのことを明々白々にした」と指摘している。

同記事では細部と具体的な点が不明瞭だが、プーチンに対して核使用ではないシナリオをともかく示し、他の選択肢を広げて見せることで、ロシアの閉塞感を緩和したということだろう。中国はいっぽうでロシアに武器を供与しているとの疑いがあるが、これはアメリカの高官も否定している。むしろ、この習近平の外交行動はロシアにとっても利益になるし、また、中国の存在感を高めたといえる。


この間、ひたすらに「ウクライナの平和と民主主義を守れ」と主張し、ウクライナに苦しい徹底抗戦を続けさせることで、ロシアの軍事力を削ぐことだけに執心してきたアメリカは、和平への道には逆行しているだけでなく、(これが大きいと思うのだが)自国の世界政治における存在感をむしろ低下させてしまっている。こうした「仲介者」となるのが、本来のアメリカの役割だったはずだが、開戦直前のウクライナへの対応からして、バイデンの外交はこれからも自分の首をも締めることになるだろう。