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東谷暁による「事件」に対する解釈論

トランプ陣営は「しめた!」と思った;裁判所での罪状認否で無罪を主張した背景

予想通りトランプ前大統領は罪状認否において無罪を主張した。罪状は元ポルノ女優への不法な口止め料以外にも、何か別の重い罪があるのではないかと思われたが、34項目はこの口止め料をめぐる付随的な罪状が中心で、隠蔽行為が悪質ゆえに、重罪に相当するとしている。。この起訴でトランプはショックを受けているのだろうか。バイデンによる陰謀だと思って、瞬間的には怒ったもしれないが、本音をいえば「しめた!」と思ったのではないだろうか。

普通はいったん手錠をはめられるが、それは免れた


トランプの顧問弁護士トッド・ブランチは「彼は不満で一杯になり、興奮しましたが、私は彼に、やる気にさせて、あきらめたりペースを落とさないような話をしたんです」と語っている(フィナンシャルタイムズ紙4月5日)。裁判についてだけでなく、来年の大統領選挙への取り組みについて、積極策で行こうということだろう。検察は裁判は来年の1月からだと希望しているが、トランプの弁護団はもっと時間が必要だと述べているらしい。とはいえ、トランプ陣営からすれば、こんなに都合のよいネタはないだろう。もう、トランプは演説で何をいってもよい状況となったのだ。

弁護士が心配しなくても、トランプは大統領選のことを、この裁判騒動のなかでも片時も忘れていない。事実、裁判所から退出した後に向かったのは空港だった。邸宅のあるフロリダ州に戻って、選挙民に対して自分の潔白をアピールし、大統領選に向かってさらなるドライブをかけようというわけである。この裁判によってトランプ支持者にとっては、これ以上のないスリリングな劇的舞台が設定されたといえる。

ft.comより:罪状認否で無罪を主張するトランプ


これから弁護士団は、裁判をめぐる法律上のテクニカルな問題と取り組むはずだが、この裁判を担当することになったファン・メルシャン判事に注目が集まっている。彼はすでにトランプの元アドバイザーで強硬な発言で知られるスティーヴ・バノンの裁判でも裁判長を務めている。それをもって、「トランプとは無関係ではない」と報道するのはどうかと思うが、トランプ周辺の意表を突く反応には慣れているかもしれない。

メルシャンはコロンビアの生まれて、6歳のときに両親とともにアメリカに移住し、苦労を重ねて弁護士資格をとり、企業弁護士などを経験したが、2006年、マイケル・ブルームバーグ市長の時代にニューヨーク裁判所の判事に抜擢された(ニューヨークタイムズ紙)。こうした興味深い経歴のなかに、トランプにとくに反感を持つ原因となるものはなく、今回、トランプを起訴したマンハッタン検察のアルヴィン・ブラッグが、明らかに民主党員としての背景を持っているのとは異なり、メルシャン判事の場合はこんどの担当も順番で機械的に決まったに過ぎないといわれる。


経済誌ジ・エコノミスト4月4日号は、こうしたメルシャンについて簡単な紹介をしたうえで、バノンの裁判のさいに弁護を担当したジョー・タコピア弁護士に、メルシャンの判決について聞いている。タコピアは次のように答えたという。「この判決はバイアスのかかった不当なものかだって? もちろん、そうは思わないね」。

移民への安い住宅を大量に提供して、巨万の富を築き上げたトランプの父親とその息子、そして、その息子の裁判を担当する苦学して裁判長になった移民の子との激突あるいは交錯。こんどの裁判はこんなところにも興味深いドラマが展開しているようだ。さて、肝心なのはトランプ弁護団がどのような弁護をするか、そしてトランプの大統領選挙戦だろう。もう、中心人物はトランプとなった感がある。

とはいえ、それらの見通しがしっかりと分かって来るには、もうすこし時間が必要だ。分かっているのは、裁判の結果がでるのは、大統領選の結果がでてから後のことで、むしろ、トランプ陣営はこの裁判を選挙にどのように派手に刺激的に使うか、いまもあれこれ計画していると思われる。もし、バイデンや民主党が何らかのかたちでかかわっていたとしたら、彼らの行動は藪蛇だったことになるだろう。

【追加:4月4日13時すぎ】すでに、フロリダの邸宅における演説が報じられている。この演説で面白いのは、内容よりもその直前に反トランプ派となった共和党系の有力者たちが、この起訴を批判していることだ。まず、ミット・ロムニーだが、共和党大統領候補の一人だったが、トランプに反旗を翻した人物だ。「陰湿な裏切者」とか言われたが、そのロムニーが次のように語っている。

「私はトランプ前大統領の人格や行動は大統領に相応しくないと思っている。しかし、それでもニューヨーク検察の起訴は、政治的目的を達成するためのものであり、(本体は軽罪のものを)重罪に相当するようにかさ上げしている」


もうひとりのジョン・ボルトンは安全保障の補佐官を務めたが、トランプとは意見が合わずに辞任した。トランプは「ボルトンの言うことをきいていたら、年がら年中戦争をしなければならなくなる」と評したように、強硬な姿勢が目立ち「ディール」を基調とするトランプとは肌が合わなかった。

そのボルトンも今回の起訴について、その内容が明らかになったあと、「トランプが共和党の大統領候補にはなって欲しくない立場から言っても、この起訴内容を示した文書については不快に思わざるとえない。これはろくなものではないだろうと憂慮していもの以上に、それにしても根拠が弱いと思う」とコメントしている。

もちろん、バイデンをはじめ民主党員が「これは政治的な起訴ではない」というのは当然だが、ともかくいまの時期にかなり強引なやりかたで起訴をして、しかも、それが大統領選挙には法的な影響を与えずに(それは時間的および技術的には無理だから)、それなのに選挙中は「罪人候補イメージ」だけが漂うことだけの起訴というのは、やはりおかしなものだというしかない。

念のために付け加えておくと、私は、トランプが言っていることが正しいとか、彼がアメリカをディープ・ステイトから守ろうとかいう説を信じて、これを書いているわけではまったくない。今のアメリカが単に社会的に分裂しているだけでなく、倫理的にもいかに堕落しているかということを、改めて確認するためだけに、こうした異常な現象を紹介しているにすぎない。その意味で、ジ・エコノミスト誌がこの裁判を「ザ・トランプ・ショー」と揶揄しているのは正しいと思う。