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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ウクライナのバフムト陥落寸前;中心部と補給線はロシア軍が掌握へ

ウクライナ東部のバフムトはロシア軍が中心部をほぼ制圧したとの情報が流れている。先日、ワグネル創始者プリゴジンがSNSにビデオを投稿したときから、その可能性は高かった。ウクライナのゼレンスキー大統領も、バフムトが包囲されるなら、撤退すると述べたとの報道もある。もちろん、これでウクライナ戦争が終わったわけではない。ひとつの戦線のひとつの動きにすぎない。


「ロシア軍がウクライナ東部の激戦都市バフムトを掌握した可能性がきわめて高い。さらにロシア軍は、バフムト西方に伸びる補給路を脅かしていると、英国軍情報部が金曜日(4月7日)に語っている」(ロイター4月7日付 国際標準時午後7時33分)

ウクライナのゼレンスキー大統領は、自国軍が包囲される危険があるなら、この小さな都市からは撤退することになるかもしれないと、水曜日(4月5日)に語っていた。「さもなければ、彼らは別の防衛拠点に移らなければならない」。バフムトはこの数カ月の間、ロシア軍が集中的に攻撃していた。


ロイターの取材に応じて、ウクライナ軍の司令官は「バフムトの状況はきびしい。ロシア軍は全力でこの街を集中的に攻撃しているが、『戦略的成功』はまだ収めていないといえる」とコメントしている。とはいえ、英国軍情報部によると、金曜日(4月7日)の状況には大きな変化があったようだ。

「ロシア軍はさらに進軍して、いまやこの街バフムトの中心部で優勢の状況にあるようだ。また、バフムト川の西岸も掌握したもようだ。街から西に延びている(補給線である)0506号線(下のグーグル地図では0504号線ではないかと思えるが)は、ロシア軍の脅威にさらされている」

ロシアはバフムトの中心部を含めてコントロール下に置いたと、かなり前から主張してきた。また、西側の専門家たちは、ウクライナ軍とロシア軍は膨大な数の兵士をバフムトの戦いで失っていると指摘している。いったんは撤退を考えたウクライナ軍が、抗戦を続けたのも、バフムトでの戦いが戦争全体におよぼす心理的影響を考えたからだともいわれている。

いっぽう、ウクライナ軍のスポークスマン、ゼルイイ・チェレヴァティによると、ウクライナ軍はバフムトをまだコントロールしており、ロシア軍の動きもとらえていると語っている。「状況は厳しい。敵はバフムトを掌握するために、最大限の努力を続けているようだ。しかしながら、ロシア軍の損耗は激しく、いまも戦略的な成功には届いていない」

【追記:4月8日 9時45分ころ】面白いものを見た。朝、起きると、陥落寸前のバフムトは、「状況は厳しいが、ウクライナ軍はバフムトを死守」していることになっていた。ユーチューブへのロイターによる動画投稿のタイトルも「バフムト保持」だった。何か新しい情報が加わったかというと、そうでもないのである。

ロイターの日本語版を見てみると、昨夜の「ロシア軍、バフムト中心部を制圧した可能性=英情報機関」が「ウクライナ、東部バフムト死守 天候回復なら反攻も」とあって、ウクライナ軍事アナリストが「バフムト防衛はロシアにできるだけ多くの損失を与えるためだ。4月末から5月に行われる反撃に備えるという最重要目的に向け、任務を遂行している」とコメントしている。バフムトは敵を引き付けるためのおとりだったということらしい。ここからは英情報機関は消えてしまっている。

NHKワールドニュース電子版は昨夜9時半ころの報道では「ロシア軍はバフムトで勢いを取り戻す、英国情報」というタイトルが、今日(4月8日)の朝9時ころには「ウクライナ:激戦ながらもバフムト保持」となっていて、「ウクライナの情報機関はソーシャルメディアに木曜日(4月6日)『これは最重要なことのため』と投稿して、大規模な反攻を示唆している」と付け加えている。

アルチェモフスクというのがバフムトの旧名。北南に流れるのがバフムト川


ざっといって、ロイターの速報はいつのまにか英国情報機関の情報に対するバイアスから、ウクライナ情報機関へのバイアスに変わって、陥落寸前のイメージから大反攻(ザボリージャの反撃のことと思われる)のための「おとり作戦」にすぎないことになってしまった。まあ、ゼレンスキーもバフムトは「小さな街」と呼んでいることだから、それはウクライナの勝手というしかない。

昨日のアラビアネット午後0時29分投稿は「ウクライナは困難な状況ながらバフムトを確保:軍関係情報」となっていて、昨日紹介した記事のなかでのウクライナ軍のスポークスマンが「敵はいくつかの戦場で戦術的な成功をおさめているが、そのために多大な犠牲を払い、毎日兵士を失っている」と語っている。

バフムト川がゆったり湾曲する西側のメーンストリート近くに市庁舎がある


つまり、材料はあんまり変わっていないのだが、報道の姿勢が(ウクライナの強い要請によってか)変わってしまい、バフムートはあくまで「小さな街」で「おとり」にすぎず、これからのザポリージャが最重重要な作戦だとの印象を与えようとしていると見ることができるだろう。まだ、バフムトを死守していることになっているウクライナ軍は、小さな街の西部の高台で孤立しているのかもしれないが、欧米の報道機関は英国情報機関のコメントなんか軽視あるいは無視することにしたのだろう。

【追加2:4月8日 午後1時すぎ】その後、小部屋でスマホをいじっていたら、あいかわらず英国情報を中心に報じているところがあって、アップデート後も同じなのでおどろいた。それはドイツ公営放送(DW)の電子版で「ウクライナ・アップデイト:ロシアはバフムートを掌握しつつある、と英国がいっている」という記事だった。

「英国国防省はロシアがバフムトの戦いで『ふたたび勢いを取り戻している』と述べている。そのいっぽうで、アメリカのメディアは、ウクライナ軍による春の大攻勢についてのプランが、オンライン上で漏洩していると報じている」

というわけで、英国軍情報部やドイツ公営放送の微妙な立場の(ほかの欧米政府や機関との)違いがうっすら見えているといえないこともない。このDWの記事では、ほぼ、ロイターの当初の記事と同じ内容を掲載していて、すでにロシアがバフムト川の西岸を掌握していることも強調している。

「ロシア軍はバフムト川の西岸をコントロール下においており、街の西側のウクライナ軍への補給路を脅かしていると英国防省は指摘している」(上の2つの地図を参照してください)

近くに大きな都市があり、やはり戦略的に要衝だったというべきだろう


この街はたしかに近くのルハンシクやドネツクなどの大都市にくらべて小さいが、要衝とされていたのが、戦闘が不利になると、いつの間にか「おとり」にすぎなかったとなってしまうというのは、あまりに大本営発表的ではないのだろうか。あとは「転進」しかないだろう。いずれにせよ、何が起こっているかを正確に報じることが、報道機関の任務だとすれば、ぶれはやはりおおきいと言わざるをえない。こうした現象はメディアを巻き込んだ情報戦あるいはイデオロギー戦の一環であると解釈するしかない。