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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ウクライナ大反攻の前夜;たとえ成功しても戦争は終わらない理由

ウクライナの大反攻が近いことは、同国が最前線の取材を禁止したことからも推測できる(註1)。ではこの大反攻でロシアを撃破すれば、戦争に勝利するのだろうか。そうではないのだ。ウクライナのモスクワ占領はありえないとすれば、ロシアがウクライナの領土から完全に撤退するか、NATOを含めた停戦会議で暫定的和平を実現しない限り戦争は続くことになる。

「数万人のウクライナ兵はすでに準備を終えている。彼らの装備をチェックして、最後になるかもしれない手紙を書き終わった。何時、何処でなのかは分からないが、じきにウクライナは国土の5分の1を、突然、不法で殺人的に占領した侵入者への反攻に踏み出す。ウクライナの運命と西側諸国の動向は、これからの数日あるいは数週間に起こる事にかかっている」(ジ・エコノミスト4月20日)

日本ではバフムトをめぐる戦いについて、民間軍事会社ワグネルの創始者プリゴジンが弱気になって停戦を提案しているとか、南部の大攻勢があれば戦争が終わるような報道が見られる。しかし、常識的に考えても、そんなことはありえない。プリゴジンの「声明」とかいうものは、「いまの状態で停戦できれば理想的だ」と言ったにすぎないし、プーチンとの駆け引きとの疑いもある。そして、いよいよ始まるというウクライナの大反攻が勝利しても、この戦争そのものが終わる保証は何もない。

The Economistより:大反攻を待つウクライナの兵士たち


国家と国家との戦争において、完全な勝利というのは敵の首都を占領してしまうことであり、それはいまもありえないことではない。しかし、そこまで戦えば両国とも甚大な損失を被るから、ほとんどの場合、停戦協定で戦争を中止する。最近、前出の英経済誌ジ・エコノミスト4月20日の社説「ウクライナの来るべき大攻勢は同国とヨーロッパの未来を形づくる」では、このウクライナ大攻勢の後にも、西側諸国が変わらぬ支援を続けることを主張している。しかし、果たしてウクライナはこの戦いに、すんなりと勝てるのだろうか。

バフムトの戦いは情報戦の様相を呈してきた


そもそも、いまの状況が必ずしもウクライナが有利とはいえない。たとえば、昨年11月にウクライナが、ドニプロ州のヘルソンを奪還して以来の5カ月間は、戦場がかなり膠着していたが、「それはバッド・ニュースだった」と同誌はいう。というのも、この間、ウクライナは世界との「接触」を凍結させてしまい、ウクライナは東部や南部での戦いに専念せざるをえず、黒海へのアクセスを損なわせたと同誌は指摘している。

ウクライナにとって、ロシアとの将来的な(有利な)対話につなげるためには、いま以上のアドバンテージを新たに確保する必要があり、大反攻によって勝利すれば、ロシアは東部やクリミアの占領を続けることが難しくなる。そのときにはさすがのプーチンも、「いよいよ交渉を始めなければ、クリミアすら失うことがありうると思うだろう」と同誌は述べている。

ロシアが南部に設置した龍歯状防御壁(斜めに並ぶ白い点)と塹壕(右下)


「とはいえ、アドバンテージを得る可能性があるとしても、この戦いでウクライナが払わなければならないリスクは高い。ロシア軍の爆撃を抑止するための地対空ミサイルの供給には限界がある。いまロシアは最前線に延々と障害物を配している。それは幾重もの塹壕と龍歯状戦車防御壁(テトラポッドのようなものを並べ横から見ると巨大なギザギザの歯のようにみえる)からなっている。戦端が開かれれば、防衛側より攻撃側はずっと多くの兵力を必要とするだろう。ウクライナ軍はその人員を確保するために、限られた地域から兵士を募集するしかない。たとえロシアの防衛線を打ち破っても、ウクライナは奪還した地域を注意深く保持する必要があり、また、防衛線を突破した部隊が包囲される危険も犯さなくてはならない」

さらには、たとえウクライナが勝ち進んでも(註2)、その勝利で得るものは次第に割が合わなくなる。むしろ、リスクの方が大きくなってしまうかもしれない。しかもウクライナ東部と南部をむすぶ「陸の橋」といわれるロシアの東部占領地を取り戻しても、プーチンが交渉のテーブルに着くかは保証の限りでない。「プーチンは相変わらず戦いが長期化すればするほど、西側諸国のウクライナへの支援は動揺すると信じているからである」。

バフムトの戦場でロシア国旗を掲げるワグネル隊員


ロシアがいまだにバフムトでの戦いに手こずって、完全に占領できずにいるからといって、ロシア軍の戦いが他の地域でも同じようなものだと思うことは危険だと同誌はいう。したがって、「アメリカやヨーロッパ諸国は、ウクライナによる軍事的攻勢を支えるという意志を(これまで以上に)明確にする必要がある」というわけである。

ウクライナ戦争をめぐって英国は、ヨーロッパ大陸諸国に比べて、はるかに強いウクライナ支持を展開してきた。その理由としては、英国がロシア嫌いだという点を措くとしても、エネルギー確保などについてロシア依存が少ないこと、また戦略的にもロシアとの距離があることを挙げることができる。ジ・エコノミスト誌は、その英国のなかでもウクライナ支持を強く打ち出してきたメディアだった。

ウクライナの情報戦略は成功していると指摘する専門家は多い


しかし、今回のこの社説は、理にかなったことをいっているように見えるが、ふたつほど気になることある。ひとつは、今回計画されているウクライナによる大攻勢だけで戦争は終わらないから、ウクライナ支援の姿勢を続けるべきだと述べているが、では、これからどれほどの期間、この戦争が続くのか(あるいは続かせるべきか)といえば、まったく予想すら提示していないことである。

もうひとつは、これと関連しているのだが、アメリカおよびヨーロッパが支援することで、ロシア軍がウクライナから押し出されるとして、その後の交渉と監視を誰がリードしていくかという肝心な点に、ほとんど言及がないことだ。ヨーロッパ大陸諸国はその中心にはなれないだろう。とすればアメリカということになるが、バイデン大統領が2期目への意欲を表明するのは近いとされるいま、それもかなり難しいかもしれない。

それなら英国がこの重責を担えるかといえば、いまやまったく力量不足であり、バイデンが当選しないことを前提として、中国の習近平を動かすということになるのか。あるいは、ただ単にいまは妥協することなく、ウクライナを支援するしかないと言っているのか。ここらへん、実に曖昧なままなのである。多くの不確定要素を抱えながら、ウクライナ軍の兵士たちは大反攻の日を待っているわけだ(註3)。

バイデンが再選しても停戦交渉に乗り出すか分からない

 

現実的なことを考えるなら、アメリカを中心に据えるほかない。バイデンが当選しないことを祈って、米次期大統領候補者とヨーロッパ首脳との間に密かに合意をとりつけるか、バイデンが当選したときは習近平を巻き込みヨーロッパがバイデンを説得することで、プーチンとゼレンスキーに妥協を受け入れさせるのか。いずれにしても、その前提として「ウクライナは民主主義の砦だ」という、ほとんど事実に基づいていないイデオロギーは、早々に取り下げておく必要がある。

【註1】たとえば、ドイツ紙のフランクフルタ―・アルゲマイネ4月18日付が、「ジャーナリストは前線に行くことを禁じられた」で、この間の経緯を報じている。NHKの海外放送もドイツのテレビ報道を紹介するかたちで報道した。

【註2】ジ・エコノミスト4月16日号は「ウクライナの反攻は間近だ」で、ウクライナの攻勢には「サプライズ」が必要だとしながらも、たとえサプライズな攻撃ができても、「この反攻がロシアの防御にとって打撃になり、さらに素早く兵力を増強できるかが問題だ」と指摘している。

【註3】ウクライナの戦線の様子を伝える報道は、前線取材禁止後に急速に減ったが、ジ・エコノミスト4月22日付の「速報」によると「相変わらずの状態が続いている」という。「ロシア軍のバフムトでの攻撃はウクライナ軍の抵抗を磨り潰しつつある。4月18日の映像情報によれば、ロシア軍はバフムトの西端まで達したようで、その間も市街戦は続いている。ウクライナ軍は局地的な抵抗を積み重ねているが、すべては数日後あるいは数週間後にやってくる大反攻待ちといった様子だ」。とはいえ、ここにはウクライナ軍のジレンマが大きくなる契機がある。「ウクライナ軍は(西側諸国から供与される)武器弾薬を十分に蓄積するには時間が必要だが、(補給線の長い)ロシア軍を前線で消耗させるというアドバンテージを生かすには、(ロシア軍が補給を得られる以前に)素早く攻撃しなくてはならないのである」。