HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

ウクライナがセヴァストポリ軍港の急襲成功!;いつ、どこで、大攻勢が始まるのか

ウクライナ軍のドローンによるセヴァストポリ軍港攻撃が成功した模様で、ウクライナ側の関係者によれば10棟以上の燃料庫を破壊し、約4万トンの燃料を炎上させたという。ロシアの黒海艦隊は大打撃を受けたわけで、クリミアへの大反攻がやりやすくなったと報じられている。ゼレンスキーは畳み込むように大反攻は近いと語っているが、この燃料タンク攻撃が陽動作戦の一環で、意外に他の地域から大反攻が始まることもありうる。


もういちど、このセヴァストポリ燃料タンク攻撃について確認してみよう。米紙ワシントンポスト5月1日付のウクライナ戦争関連ブリーフによれば、ウクライナの軍高官がロシア海軍セヴァストポリ軍港が「神の罰を受けた」と語ったという。ウクライナ南方面司令官のスポークスマン、ナタリア・フメニウクは、ローカル・テレビで「ロシアの兵站に打撃を与えたことで、『皆が待っていた広範囲の反撃』を準備する援助となった」と語っている。

具体的には「この攻撃は、ロシアが黒海艦隊のために準備していた約4万トンの石油が入っている10基以上の燃料タンク施設を破壊したと、ウクライナの情報将校は述べている」。もっとも、ロシア側の現地知事は「最初にドローン1機が燃料タンクに到達、2機目は撃墜された」と述べているが、その証拠はない。ゼレンスキー大統領は、「ウクライナは海でも陸でも、我われの国境を強化しなくてはならない」と国境警備隊のセレモニーで語り、クリミア半島を含むすべてのウクライナの領土を、取り戻すと宣言している。(5月1日の報道では「大規模な作戦が近いことを示唆した」という。)

ロシアも障害物を置き、塹壕を掘って待ち構える


さて、ではウクライナは、何時、何処で、大規模な反撃を開始するのか。それはぎりぎりになるまで秘密になっていて、実はまだ決まっていないかもしれない。しかし、セヴァストポリ軍港への攻撃が、ゼレンスキーが宣言した大規模攻勢と無関係であるわけはなく、さまざまな推測が飛び交っている。また、例によってロシアの民間軍事会社ワグナーの創設者プリゴジンが、こんな時期に(こんな時期だから)、またしても「バフムトからの撤退」を言い出して注目されている。

プリゴジンは少し前にも「この戦争はいま停戦にするのが理想的」とSNSで語って注目を集めたが、今度はSNSのインタビューで武器や弾薬が不足していると不満をあらわにし、このままではワグネルは撤退すると仄めかした。しかし、それなりの専門家なら、これを言葉通りに受け止める者はいないだろう。アメリカの戦争研究所のアナリストは、「クレムリンからの弾薬の追加を確保するための威嚇だろうと見ている」(ワシントンポスト紙)。さらにはワグネルへの待遇や、自分の地位保全についても考えての言動だと思われる。(あんまりこの手を使うと、生命の危険もあるような気がするが、それはあまり心配していないように見えるのは、プーチンとの取引だからだろう)


ワシントンポスト紙のウクライナ戦争ブリーフィングでは、ウクライナ各地で生じている諸事件が羅列されているが、このばらばらのように見える多くの出来事こそが、ウクライナとロシアとの「大攻勢」を前にしての前哨戦といってよい。単純化すれば、今度の燃料タンク攻撃が行われたセヴァストポリが近いクリミア半島およびヘルソン、プリゴジンが暗躍しているバフムト周辺、そして原子力発電所への攻撃で注目を引くザポリジア、つまり、南部、東部、その間をつなぐ「陸橋」と呼ばれる部分をめぐる駆け引きである。

いまの趨勢からいえば、クリミアへの進軍が楽になったこと、また、都市ヘルソンの左岸(地図でみれば南側)に拠点を作ったとことからして、このまま南部の前線に集中して、クリミア半島奪還戦に突進すると思う人もいるだろう。しかし、クリミアは「攻めるには易く守るのは難い」「付け根の部分の湿地帯が難所」といわれて、かなりウクライナにとっても負担が大きいといわれる。たとえ急激に南下できたとしても、恐らくクリミアの付け根あたりでいったん勢いがそがれると指摘する専門家もいる。

では、戦いが長引いて「街の8割くらいと西からの補給線はロシアが抑えている」といわれるバフムトで、反攻を始めるということはあるのかといえば、いまさらバフムトを確保したからといって、戦争全体に及ぼす影響はそれほど大きくない。プリゴジンがいくらロシア正規軍と対立しているように見せているからといって、新たに西側から供与された戦車百数十両をバフムトにずらり並べるということはなさそうである。だからプリゴジンが盛んにトラブルを演出しているのは、ある程度の兵力を引き付けておくという局地的な作戦にとどまるだろう。

ワシントンポスト紙より:不気味な煙がセヴァストポリから立ちのぼる


となれば、いまのところいちばん大規模反攻が始まりやすい地域というのはザボリージアということになるのだが、それは一番多くの関係者が考えそうなことで、とても「サプライズ」にはならない。「5月になったら」と言われていた大反攻が、「5月に入れば動きがみられる」となって、いまや「5月の中頃には」と、じわじわ遅れている印象を与えている。それは、ウクライナもロシアも「攻めるためには武器と弾薬が届くのを待つ必要があるが、待ちすぎると相手の方が十分な武器と弾薬を準備してしまう」という苦しいジレンマがあることも、ひとつの原因だろう。

しかし、こうした状態では、ほんの小さな動きがあれば、それがイグニッションの役割を果たして、急激に全面的な戦いへと広がることもある。報道も再び盛んになったように見えるが、もちろん我われがメディアで得られる情報は、すでに双方のインテリジェンスの一環として流されたものにすぎない。とはいえ、そうした意図的に流した情報が、思いもよらない意外なサプライズとなる点火をしてしまうこともあるのだ。