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東谷暁による「事件」に対する解釈論

クレムリンへのドローン攻撃はロシアの自作自演?;むしろプーチンへの批判が高まる危険があった

クレムリンへのドローンによる攻撃は、自国内の反ウクライナ感情を煽るためのロシアによる自作自演だったとの説が世界中に流されている。これは論理的にもおかしいのではないのか。なぜなら、ウクライナによってロシアの中心地が攻撃され、しかも、それを阻止できなかったというのは、ロシア国民にとって「反ウクライナ感情」を刺激するよりも、市民生活への制限が高まるなか、政府による戦時体制の甘さを証明して「反プーチン感情」を生みだす危険があるからである。


ドイツ紙フランクフルター・アルゲマイネ5月4日付は「ドローン攻撃はモスクワの自作自演だったのか?」を掲載して、こうした矛盾についても指摘している。いちおう、簡単に事件の概要を述べたのち、同紙は「これまでは同種の事件が起こったさいには、ウクライナ政府は肯定も否定もしなかったのに、今回に限っては直後にゼレンスキー大統領が、ウクライナの関与を否定したことは驚くべきこと」だと述べている。しかし、これはあとで述べるように、必ずしも正確ではない。

まず、フランクフルターが自作自演説の出どころとしてあげている、2つについて見てみよう。ひとつは、ウクライナ大統領府長官の顧問であるミハイル・ポドリャクで、事件の直後には反ウクライナ感情を掻き立てても、大規模反抗を阻止するには役に立たないと述べたのに、翌日にはツイッターで「クレムリンの自作自演だ」と指摘した。もうひとつが、アメリカのシンクタンクアメリカ戦争研究所」で、最も防御が強いはずのクレムリンを、ウクライナが遠隔操作で攻撃することは難しいという根拠に基づき、ロシアの自作自演と断言した。


しかし、さらにフランクフルター紙は自作自演説に疑問を持つ専門家の指摘も紹介している。それはロシア亡命メディア「メドゥーザ」に投稿した政治学者のキリル・シャミジュウで、たとえ自作自演で煽っても、これから必要なロシア国内の兵士動員には役に立たないという説を述べている。彼は「むしろ、クレムリンへの攻撃成功は、ロシア国防に対する不信感を生み出している」と指摘し、これが自作自演だとすれば、逆効果だったことになるというのである。さらに同紙はこの事件が国民の間に「屈辱感をもたらした」と付け加えている。

この対立する議論はかなり微妙であり、いまのロシア国民心理のとらえ方で印象は変わってしまう。しかし、前出のフランクフルター紙の指摘である「ウクライナはノーコメント」だという点については、同紙は奇妙なことにいくつもの事実を忘れているかのようだ。まず、ウクライナの攻撃と思われた昨年12月5日の空軍基地2つへのドローン攻撃だが、これに対して確かにウクライナ政府は何のコメントも発表しなかった。


しかし、アメリカの若い情報技術担当の州兵が情報を流出させた事件が明らかになったさい、ウクライナはひそかに2023年2月にモスクワ攻撃を計画していたが、それがアメリカの要請(圧力?)で中止になったことも、ワシントン・ポスト紙によって暴露された。これは明らかに「ウクライナは領土内でのみ戦う」という原則に反する。このときウクライナ政府は、かなりあわただしく否定したが、それはアメリカの支援で継続できている戦争において、アメリカが押し付けている原則から外れているのは、決定的にまずいからである。

もちろん、クリミア大橋への攻撃やセヴァストポリ燃料庫へのウクライナによる攻撃も微妙な作戦だが、これらはウクライナにとって、クリミアはロシアが実効支配していても、それは違法占拠であり、ウクライナの領土であるというのが建前である。だからコメントしようがしまいが、どっちでもよいことだった。むしろ世界のメディアを通じて「戦果」が拡散されたほうが、自国民にとって誇らしいことだったろう。


それでは今回のクレムリン攻撃は誰が行ったのか。もっとも高い蓋然性をもつのは、ロシア国内での反プーチン勢力によるもので、しかも、それは5月9日の対ナチス戦勝記念日前だったことを考えれば、いまのロシア政府およびプーチンの権威を傷つけたい勢力ということになる。しかも、戦時による体制がしかれているロシアの首都で、まがりなりにも行動できたのだから、それなりの情報が得られる背景をもった組織だということになる。

この組織がウクライナの一部と関係があるのと主張するには、ちゃんとした根拠が必要になるが、仮説としては十分成立するのではないか。首都や他の都市を攻撃され続けているウクライナの軍部は「屈辱感」をバネとした報復への意欲をもっていないほうが不思議だろう。そして、2月にモスクワ攻撃の攻撃を企画していた軍の一部との関係を考えるのは、決して非合理的ではない。彼らは「一矢報いる」ことを優先的な目標としていて、アメリカとの調整はゼレンスキーがやればよいと思っていたかもしれない。

【追記 5月6日午前】ウォールストリート紙5月4日付の「ロシアはアメリカがウクライナクレムリン攻撃を助けたと批判」は、ロシアの自作自演でも、また、アメリカの背後からの支援でもなく、ウクライナ内のグループではないかとの線にそって論じている。同記事のなかに米国家安全保障会議戦略広報調査官ジョン・カービーが登場してロシアを批判しているが、その直後に「米国オフィシャル」の説を紹介している。

「米国のオフィシャルがいうには、調査が進むにつれて、情報関係者はドローン攻撃の背景にはウクライナ人グループがいた可能性があると指摘するようになっている。さらに同オフィシャルは、ウクライナ政府と関係をもっているかは不明だが、アメリカ政府の理解は、ゼレンスキーはこの攻撃計画は知らなかったというものだと語っている」

この「米国のオフィシャル」というのはカービーのことかは曖昧にされているが、本人でなくとも彼に近い情報関係の人間であることは間違いなく、また、ウクライナ人グループの背景をもった小集団による攻撃だったというのは納得がいくものだ。この場合、ドローンは商業用のものを改造したという説が本当でも、単なる素人集団であるわけはなく、情報および作戦に通じた組織との関係があると考えるのが自然だろう。