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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ロシア民間軍事会社ワグネルがバフムトを攻略か?;現代の傭兵隊長プリゴジンに翻弄される両軍

やれやれまたかというのが、ロシア国防相たちの思いだろう。ロシア民間軍事会社ワグネルの創設者プリゴジンは、激戦地バフムトで再び攻撃を開始したらしい。5月10日にはバフムトから撤退すると言っていたのに、ショイグ国防相が「必要な武器弾薬を送る」とプリゴジンの要求を呑んだからか、俄然、バフムトへのウクライナの補給線を支配する戦いを再開したというわけである。

駆け引き巧みなプリゴジン。それは敵味方両方に対してか

 

日本では日テレNEWS電子版が5月7日の朝にビデオ付きで報じたが、今回も「取引に勝った」ということなのかもしれない。プリゴジンのやり方は、戦地でかなり激しい作戦を展開した後に、あと一歩というところで「弾薬が尽きた。送ってくれないと撤退する」という要求をするというパターンだ。勝手に西側メディアの取材に応じたり、自分でSNSに投稿するので、プーチンも頭が痛いのではないかと心配する人もいるかもしれない。

しかし、どうもこれはワグネルという「傭兵」(最近、欧米のメディアはマーセナリー=傭兵という言葉を使うようになった)集団とその事実上のリーダーであるプリゴジンたちの「手口」ではないかと思えてくる。ここまで繰り返しロシア正規軍の対応を批判していれば、スナイパーや毒殺のスペシャリストを大勢かかえた、ロシア軍の特殊部隊に暗殺されてもおかしくないのではないだろうか。それでもプリゴジンがもっているのは、プーチンとの私的関係だと思われる。

廃墟と化したバフムト。なおも補給線の争奪戦が続いている


最近、ワシントンポスト紙は5月5日付の「漏洩したファイルはロシア正規軍とワグネルの指導者との間の深い亀裂を指摘している」で、激しい戦闘を担当するワグネルと、後ろに控えているロシア正規軍との対立を詳しく報じたばかりだ。とはいえ、ここらへんが傭兵のひとつの存在価値で、「十分な武器弾薬だけでなく十二分な報酬を保証してくれれば、いま勝ちかけている戦いを続けるが、どうだ」と脅しまがいの交渉を味方としつつ、同時に敵軍を翻弄するということもあり得るわけである。


ヨーロッパにおいては傭兵の歴史はきわめて古く、マキャベリなども『君主論』のなかで志願兵がよいか傭兵がよいかの議論を展開している。戦争技術を蓄積しているのは、まちがいなく傭兵であるが、自国を守りたいという情熱を持っているのは志願兵である。となれば、国家としての戦いには両方を混合することが好ましいが、ひとつ間違えば金儲けの傭兵たちに裏切られるという、手痛いリスクを負わねばならないのである。

現代の傭兵である「民間軍事会社」が脚光をあびたのは、イラク戦争のさいに米軍の指揮下にあった民間軍事会社が、捕虜の虐待事件を起こすなどの問題を暴露されたときだった。そんな危険があるのに、なぜ、民間軍事会社が必要なのかといえば、当時の報道や専門家が明らかにしたのは、戦争の技術とくにハイテク武器を操作する技術は、民間軍事会社に集中していたからだ。

 

戦場を訪れたロシアのショイグ国防相


これはすぐに推測できるが、優秀な兵士がハイテク武器の技術を覚えて、民間軍事会社にスピンアウトすれば、高額の給料を手にできるわけである。ただし、ワグネルの場合は服役中の人材を採用していたことや、ワグネルを脱走した元兵士の証言からすると、たんなる人海戦術に使われている可能性が高い。いっぽう、ウクライナ側にハイテク武器を供与するさいインストラクターとなるのは、「義勇兵」との名で報じられているが、実は民間軍人会社の優秀な技術に優れた社員だと思われる。

今回のワグネルの場合、その損耗率はきわめて高いので、プリゴジンはその点でも激しく正規軍を批判したのかもしれない。この数カ月でロシア軍はバフムトでのロシア側の死傷者は10万人といわれ、2万人が戦死したとされる。その2万人の半分はワグネル隊員だとの説もある。プリゴジンにしてみれば、ここが商売の分かれ目なのかもしれない。しかし、残念なことにバフムトを占領しても、逆に、ウクライナ軍の大規模反攻が成功したとしても、この悲惨な戦いはまだまだ続くと予想されている。

【追記 5月7日午後11時すぎ】一時は日本でワグネルがバフムトから撤退を決めて、その代わりにチェチェン軍が向かうことになったとのニュースが流れた。そのいっぽうで、ロシア国防省がさらに弾薬を送ると約束したとのニュースも見られた。外信の時差のために情報が交錯したようだ。

しかし、たとえば独紙フランクフルタ―・アルゲマイネ紙電子版5月7日付は午前中に「ワグネル隊の兵士は、撤退するとの脅しの後、モスクワから弾薬を送ると聞いている」との記事を掲載して、どうやらワグネルが戦いを継続するらしいことを伝えていた。「ワグネル傭兵隊の指揮者ユフゲニー・プリゴジンは、彼らが戦いを続けるために必要な武器と弾薬を約束してもらったと語っている」とのことである。