HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

ゼレンスキーがG7で得た武器とプレッシャー;そして大規模反攻を迎え撃つプーチンの策とは

ゼレンスキー大統領の広島訪問は、原爆に反対するためや、岸田総理大臣に会うためではなく、G7の支援を取り付けているとの演出を世界的に行うためだった。たしかにそれは達成されたかもしれないが、その分、あらたな重い問題がゼレンスキーの頭上にのしかかっていることも間違いない。

果たしてロシアへの大規模反攻は成功するのだろうか


英経済紙フィナンシャル・タイムズ5月23日付は、外交問題のコラムニスト、ギデオン・ラックマンの「ウクライナは時間と期待のプレッシャーを感じている」を掲載した。要するにヒロシマG7以降のウクライナは新たな課題にどのように対処するのかについて論じているのだが、これは当然のことながら、ロシアのプーチン大統領の出かたを考慮しないでは、まったく予想がつかない。

ウクライナ国民は、西側諸国の支援を続けてもらうには、戦場で劇的な進展を見せることが最良の方法であることを知っている。しかしロシアは、激戦が続き破壊されながら戦争の帰趨を決めるとされてきた都市バフムトを、コントロール下に入れたと主張している」

バフムトの戦死者たちの墓の前に立つプリゴジン


少し前まではロシアの民間軍事会社ワグネルの創始者プリゴジンが、このままではバフムトがロシアに奪還されてしまうと警告していたというのに、ゼレンスキーが広島に来ている間に、もはやワグネルがほとんどを制圧したと報じられた。いまもウクライナ側はロシアの主張を否定し、ロシア側はウクライナの主張を批判するといった、混乱状態あるいは情報合戦が続いている。

しかし、いずれにせよウクライナがこれから大規模反攻を始めるとすれば、ますますバフムトの戦争全体における重みは減っていき、単なる過去の激戦地になっていくのは間違いないだろう。プリゴジンは廃墟となったバフムトに置き去りにされたくなければ、新たな戦争ビジネスを考えなくてはならないかもしれない。

トランプが再度大統領になればウクライナへの支援は終わる


さて、ラックマンはこれから何が重要事項になるかといえば、それはアメリカの大統領選挙だと指摘している。というのは、いかに広島でG7が「戦争が続く限り支援する」という合意に達したとはいえ、本音のメッセージはちょっと複雑であって、「戦争が続く限りというのは、それがあまり長くないとすればという意味が含まれている」。そして、そういう意味が含まれているかぎり、2024年の米国大統領選のプレッシャーはゼレンスキーにとってかなり大きいという。

いうまでもなく、今度の米国大統領選でトランプが勝利すれば、「戦争が続く限り」という条件の意味はまったく変えられてしまうだろう。トランプは大統領に就任すれば、その日のうちにウクライナへの支援をやめるということができる。アメリカが中心になって形成している「ウクライナ=民主主義国への絶対的な支援という合意」は、実は、バイデン政権がしゃかりきに演出しているもので、これがトランプ政権になれば消えてしまう可能性は高いということだ。

戦車を供与してもらい、すでにジェット戦闘機も手に入れた


そんなことはあり得ないと信じている、あるいは信じているふりをしている日本の外交評論家や軍事専門家は多いが、アメリカのいまの状況をみれば明らかなように、バイデン政権は財政出動の上限すらコントロールできず、共和党の主張する厳守論を打破できない状態だ。ただし、これは米国内政であり、本当に政府がデフォルトすれば政治的および経済的影響が大きいので、結局いつものように、もめたすえに民主党共和党の妥協と取引で決着すると思われるが、いっぽう、ウクライナ支援という直接に米国民に切実でない事項は、財政危機ほど国内政治リスクの高い問題ではない。

したがって、共和党の大統領候補がトランプに決まる可能性が高い現在の状況で、「戦争が続く限り」の意味が変わってしまうことが、ありえない話だと考える人は、かなりのバイデン政権ファンか、あるいは日本が外交において、どれほどアメリカ従属を続けてきたかを、忘れてしまっているといってよい。

ft.comより;G7の支援を確実にしたがプレッシャーは大きい


なかにはプーチンは世界制覇を目指しているとか、ヨーロッパ全体を支配下に置こうとしているとかの、漫画的幻想を鵜呑みにしている人がいる。しかし、プーチンウクライナという国は属国だと思っているとしても、そんな世界制覇妄想によって行動しているわけではない。せいぜい、ウクライナ支配下に置いて、いよいよNATOと事実上、軍事的に対決する時期が来たと思っているというのがせいぜいのところだろう。

いま、プーチンが何を考えているかは分からないが、何をしているかは伺い知ることができる。英経済誌ジ・エコノミスト5月15日号に掲載された「なぜロシアの軍隊はウクライナ戦争において非効率的なのか」という短い記事は、その一端を示してくれている。ウクライナ侵攻から今に至るまで、ロシア軍方面軍の司令官レベルの人事は激しく揺れ動いた。というのも、数週間でウクライナの首都を占領できると軍部の幹部たちはプーチンにいっていたのに、それがまったくの錯誤だったからである。

慎重派から投機派へ、そして再び慎重派へ


そこでプーチンが行ったのが急激な幹部の首のすげかえであり、そして、民間軍事会社ワグネルに代表されるような、従来の軍事組織でない傭兵への過剰な依存だった。しかし、繰り返された司令官レベルの首のすげ替えの果てに、以前のロシア軍の組織構成に戻りつつあると、この記事は図版(上図)を示しながら指摘している。

同記事によればロシア軍の組織幹部は、ウクライナ侵攻が始まると全体として「コンファームド(慎重型=濃紺)」が外されて「スペキュレーティド(投機型=空色)」に移行したが、このところ投機型は外されて慎重型に回帰しているというのだ。つまり、危険なことでも積極的に賭けに出るやり方から、じわじわと手堅く決めていくやり方に戻っているというわけである。

これだけからロシア軍の近未来をすべて判断できるわけではないが、これは少なくともウクライナの大規模反攻に対して、着実に従来的な反撃と撃退を行う態勢に移行しているということだろう。もちろん、それはG7の国々からウクライナに戦車や武器弾薬、さらにはジェット戦闘機などが供与されるなかで、守りを徹底する姿勢を見せていることを意味する。

もちろん、こうしたG7からの支援が大きな攻撃力をもつことはいうまでもない。では、そのことでウクライナ軍はロシア軍をたちまちのうちに領土内から追い払えるのか? これについては同誌5月23日号の「速報」が次のような見解を掲載している。「たしかにG7によって武器だけは大量に確保できただろう。しかし、それだけでは戦争の帰趨は分からない」。

現在、ウクライナ防相のショイグはいつまで地位にとどまれるか

 

「ロンドンにあるシンクタンクであるロイヤル・ユナイテッド・サービス研究所のアナリストたちは、ウクライナ軍の成否はおそらく新しい武器よりも適切な戦術が展開できるかにかかっていると指摘している。ロシア軍の戦術は本質的かつ顕著に歩兵の投入によって展開される。それに対してウクライナ軍はダイナミックに戦場の主導権を握り、ロシア軍の防衛線を突破し、ウクライナ軍のスキを突くことを目指すだろうと、彼らは予測している」

大量の(未熟な)兵士をまるで「津波のように」戦場に投入するというのが、スターリングラードでも、ノモンハンでも、日露戦争でも、そしてナポレオン戦争でも行われたロシア軍の戦い方だった。だから、勝っても負けてもロシア軍の戦いのあとには膨大な若い兵士の戦死者が残される。今回もウクライナ軍がG7から得た新しい武器と適切な戦術によってロシア軍と戦えば、同じような光景が展開することになるだろう。