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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ウクライナの今回の攻勢は何だったのか;精鋭部隊を含まない陽動作戦だが本番は間近だ

ウクライナ軍が反転攻勢を開始したとのニュースは世界を駆け巡った。ところが、肝心のウクライナ政府はそれを否定している。しかし、ドネツクでのロシア軍との衝突は間違いなくあった。何が始まって何が始まっていないのか。例によって両軍の情報戦は激しくなるいっぽうだが、世界を飛び交う怪しげな情報のなかにも、現実を洞察するヒントが隠されている。

ウクライナ軍の反転攻勢が近づくにつれ、情報戦も激しくなった


日本で最初に反転攻勢を伝えたのはロイター電子版6月5日付だったのではないかと思う。これはロシア国防省の発表をそのまま伝えたもので、6月4日にウクライナ軍は6つの機械化部隊と2つの戦車部隊で攻勢を5つの前線で開始し、「敵はわれわれの防衛突破を目指したが、任務を果たせず成功しなかった」というものだった。250名のウクライナ兵士が死亡したとの情報も付け加えられていた。

また、ドイツのフランクフルター・アルゲマイネ紙6月5日付も「『巨大な攻勢』がドネツク周辺で行われ、ロシアは撃退したと述べている」との記事を掲載して、ロシア国防省の見解を紹介するとともに、ウクライナで戦っているロシア系民兵組織のリーダー、アレクサンドル・ホダコウスキーのコメントも載せている。彼の「テレグラム」への投稿よれば、ウクライナの攻勢は戦術レベルのもので、ロシアがいうような撃退はなかったと指摘している。

The Economistより;ドネツクでの戦いは確かにあった


さらに、米紙ワシントンポスト6月5日付の「ウクライナ軍はロシアに攻勢、大規模な反転攻勢であることは否定した」を掲載して、ウクライナが攻勢をかけたものの、撃退されたという事実はないと強調した。6月6日朝のNHKテレビ「海外ニュース」などもこの線にそって報じていたが、英経済誌ジ・エコノミスト6月5日電子版については「ウクライナの反転攻勢が始まったように思われる」というタイトル紹介に終わっていたのは残念だった。

同誌は理屈っぽいことで知られるが、その分、さまざまなヒントを含んでいることは否定できない。まず、ロシア国防省の発表が「ドネツク州の南西部で、ウクライナ軍が5か所で大規模な攻勢をかけた」というものだったのは前出のロイターと同じだ。ただし、西側の軍関係者が「実際に攻撃の始まりであることは、その通りだが、肝心の精鋭部隊はまだ戦場に姿を現していない」と指摘している点は注目に値するだろう。

今回の攻勢はノボドネツク周辺での陽動作戦ではないか


これまでジ・エコノミストはザポロージア付近から反撃攻勢が開始されるという(もっとも蓋然性のある)説を支持していたが、今回のドネツクへの攻勢とも矛盾しないとも述べている。まず、戦線は900キロにまで広がっており、ウクライナ軍が反転攻勢をかけるにしても全面的な攻勢は同国の兵力からいって無理で、ロシア軍の占領地域とクリミアとをつなぐ「陸の橋」を寸断する作戦に出るという予測は、まだ妥当だというわけだ。いずれにせよ、限られた部分を突破するかたちになるということである。

そしてまた、ここらへんが興味深いが、今回動いたとされるウクライナの第23部隊と第31部隊は、延々と西側諸国が武器を供与して、さらにウクライナ兵を訓練した9つの部隊には含まれていないということである。ということは、先ほどの西側の軍関係者の発言を踏まえれば、今回の攻勢は兵力不足ゆえに行われている、ロシア軍をなるだけ広く拡散させるための陽動作戦の本格的な始まりではあっても、十分に強化された精鋭部隊の出動ではないということになる。

ワグネルはバフムトで消耗した末に、駆け引きに失敗して外されたと思われる


ウクライナ軍は同時期にバフムトでも攻勢をかけており、これはこの戦場から(駆け引きのやりすぎで)撤退させられた傭兵隊ワグネルのプリゴジンも認めているように、ウクライナ側が部分的に再び奪回しているらしい。しかし、おそらく、ここでもウクライナ軍は深追いしないはずで、ワグネルに代わってやってきたロシア正規軍をひきつけておく程度にとどめるだろう。なぜなら、やはり狙いは「陸の橋」を攻略することであって、他は陽動作戦のなかの戦術的行動だからだ。同誌は次のように締めくくっている。

                                                     

「これらの精鋭部隊は、西側から供与された戦車やハイテク武器によって、長く伸びた戦線にそって延々と何重にも敷設された塹壕、地雷原、(竜の歯とよばれるテトラポッドで守られた)防御壁を突破することになるだろう。精鋭部隊がウクライナ軍のなかに姿を現したとき、いつ、どこで始まるのかと気をもたせた曖昧性は、たちどころに消滅することになる」(同誌)