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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ウクライナの反転攻勢を邪魔しているのは誰か?;ウクライナ軍の戦術をめぐる論争のゆくえ

ウクライナの反転攻勢から3カ月余が過ぎたが、めぼしい成果が得られないまま、これからしばらくは停滞する。数十日後には冬に入り、天候が悪化して戦場はぬかるみと化すからだ。米英のシンクタンクを中心に、なぜウクライナ軍が反転攻勢の目的を達せられないのか、さまざまな論争がある。ウクライナが臆病だからだというものもあれば、米英のアドバイスが間違っていたという説もある。どちらが正しいのか?


経済誌ジ・エコノミスト9月13日号は「ウクライナ軍の戦術は効果を上げていないのか?」を掲載して、これまでの論争を集約している。冒頭にウクライナ外相クレバの「シャラップ演説」が引用してある。クレバは8月13日にスペインで演説したさい、「反転攻勢が遅いと批判する者は、命をかけて戦っているウクライナ兵の顔に唾をかけるものだ」と語り、感極まったのか「批判者は黙れ! そして、ウクライナに来て一緒に戦ってみればいい」と強い口調で述べた。

正確には「黙れ!」と怒鳴ったわけではないのだが、この部分を強い口調で叫ぶように述べているので、怒鳴っているような印象を与えたのは間違いない。それでは、なぜ普段は穏やかで柔和なクレバが怒鳴ったのか。ウクライナ軍はアメリカをはじめとする西側諸国から膨大な武器の支援を受け、多くの兵士の犠牲を払って、なんとか反転攻勢を続けている。しかし、大きな成功はまだ見込めない。


戦争は冷酷なもので、成果をあげなければ批判されても仕方がない。しかし、ウクライナ兵士が臆病だからとまでいわれたら、さすがにクレバも堪忍袋の緒が切れてしまったのだろう。西側諸国はたしかに支援はしてくれているが、血を流しているのはウクライナの若者たちである。しかも、ウクライナ軍の戦い方にあれこれ口出しをするが、本当にそれが効果を上げているのかは疑問なのである。

ウクライナ軍の反転攻勢が第一防衛線を突破したといっても、なかなか第二、第三に進まないのはなぜなのか。また、次の拠点となる集落を確保したといいながら、その次の攻撃が進まないのはなぜか。代表的なひとつが、すでに述べたように「ウクライナは臆病だ」というものだ。何人かの西側軍事関係者は「ウクライナの司令官たちは、もしウクライナ軍が大胆で大規模な攻撃をしかけても、それが過大な犠牲を払ったのに、ロシアの防衛線を突破できなければどうなるのかと心配している」と指摘している。


もうひとつの代表的な議論は、「ウクライナ軍は西側諸国が提示する戦術を徹底的に模倣するか、あるいは、自分たちで独自の戦いかたを編み出してはどうなのか」というものだ。これはウクライナ軍にアドバイスをすると、そのまま実行するのではなく部分的に採用するので、半端になってしまっているという不満が反映している。単にウクライナ軍自身の戦い方がうまくいっていないのを、西側は十分な武器も供与してくれないし、現実に合わない助言をするので、うまく戦えないと弁解しているという、西側のアドバイザーたちの見方を、ある程度正しいとしているわけである。

うまくいっていない場合に前線の兵士たちは、司令官たちは安全なところにいて、勝手な非現実的なことをいって俺たちを危険にさらすと言いがちなものだ。それは戦争をテーマにした小説を読んだ人でもわかる。また、西側とくにアメリカで軍事訓練を受けた者は、ウクライナ兵士は「いまだにロシア流にどっぷりだ」と言いたがる。しかし、はたしてアメリカ軍兵士が経験してきたことが、このウクライナの戦場でも完全に正しいといえるのだろうか。


ジ・エコノミストのアドバイザーの中には、この点を強く指摘する者もいる。つまり、アメリカ軍の訓練のように、砂漠のようなところで戦術を練り上げる場合と、もっと複雑な地形のなかで、じわじわと戦うことを前提とした場合には違うのではないかというわけだ。たとえば、ウクライナ軍は小さな集落を確保して、その先に行かないというので批判されているが、現実のウクライナの戦場を考えれば、それなりに合理的な方法ではないか。まず、拠点となる集落を攻略して、そこから以降の攻撃に移るわけだが、場合によればさらに先の集落を確保することもあれば、控えていた大軍で一気に攻めることもありうるのである。

この記事には、こうしたウクライナ側と西側との意識の違いを含めて、なぜ同じ戦場にいるのに同じ戦術がいいと思えないのかについて、論理的に詰めていて興味深い。ただし、もうひとつ、ここには依然として決定的な点が欠けている。戦争においては、敵側の司令部も兵士たちも学習するという事実である。このブログでも取り上げたが、ロシア軍はそれなりに新しい試みを繰り出している。それは鈍重な感じがするが、冷静に観察すれば、実際に効果を上げているものも少なくない。それでは西側が少しくらい武器の供与を増やしても、苦戦は免れないだろう。

もちろん、ウクライナ軍が軍事的な観点からみて、これはやはり失敗だったのではないかと思われることもある。ひとつがウクライナ東部のバフムトの奪還に、えんえんとこだわったことで、西側はむしろ南部への攻撃に人員と弾薬を移動させるよう進言していた。これはバフムトがウクライナにとって領土奪還のシンボルと化したため、政治的に軽視できなくなったためといわれている。

また、反転攻勢の初期にあまりにも多くの武器や弾薬を急速に消耗してしまったと指摘されることが多い。最初だけは華々しかったが、戦車などが次々と撃破され、後が続かなかった印象を与えてしまったのである。ただし、これは西側のジャーナリズムでも指摘されたが、それぞれの国内に対して支援を正当化するために、西側諸国がウクライナにかなりのプレッシャーをかけたのではないかという説もある。準備に時間かけるとロシアの準備が十分に整ってしまうという、時間との競争でもあったので、これなどは判断が難しい微妙な問題ということができる。

いずれにせよ、これから30日から45日でウクライナの戦場は冬を迎える。その時期には、一気に攻めるような反転攻勢ができないだけでなく、じわじわ陣取りゲームをするような戦いも停滞すると予測されている。この冬の時期をどのように過ごすのかは、この戦争の長期化するのは確実とされている現状から考えて、冬以後の戦いに決定的なものとなりそうである。

 

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