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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ウクライナをNATOに加盟させるのは危険だ;スティーヴン・ウォルト教授の「停戦への道」

NATOウクライナを加盟させる方向でロシアに対抗しようとしているようだが、本当にウクライナを加盟させれば戦争は終るのだろうか。停戦への道だとする論者たちはNATOの条約第5条を根拠としているので、他の加盟国がウクライナに兵力を送ることになるわけだが、はたして、この条項は現実に機能するのだろうか。さらにまた、NATO加盟国は自国軍を戦場に送る覚悟ができているのだろうか。


ハーバード大学のスティーヴン・ウォルト教授は外交誌フォーリン・ポリシー3月5日号に「ウクライナを思うならNATOは同国を加盟させるな」との論文を寄稿して、いま生まれているNATO加盟への期待について「NATOは魔法の盾ではない」と警告している。もちろん、加盟がその国の防衛力を高める場合はありうるが、すべての加盟ケースが防衛力向上につながるわけではない。ウクライナの加盟は、その前提となっている条件が必ずしも明瞭でないので、むしろロシアによる攻撃を加速させる懸念があるというのである。

この論文のなかで最も意外に思われるのは、NATO北太平洋条約)の第5条には、すぐに平和をもたらす力などないという指摘である。この条文は、加盟国のなかの1国が攻撃を受ければ、全加盟国が攻撃を受けたことになると記しているので、加盟すれば自動的に西側諸国がロシアへの抑止力になると多くの人が思い込んでいる。しかし、ウォルトに言わせればそれはウクライナの場合には逆なのである。


「条約の第5条は、われわれの基準を満たせば、ドアは開かれているので自由に入ることができると書いてあることになっている。しかし、実際には、現在のメンバー全員が一致して同意するまでドアは閉じられており、その合意というのは『新しいメンバーが北太平洋条約の原理を促進し、この地域の安全に貢献することを求める』というものでしかない」。したがって、ウクライナの場合には加盟したからといって安全性が高まるわけではない。それどころかむしろロシアを刺激することで危険が高まるのである。

ウォルトは、ウクライナがすぐにあるいは早々に、加盟することは賢明でないと断じているが、議論の前提となる仮説を3つと加盟をすすめない理由を5つ挙げている。まず、仮説1だが、「いまの状況では、ウクライナは戦場の状況を逆転できず、占領された領土を取り返すことができない。それを可能にするには膨大な武器の供与とウクライナ軍の再編が必要」ということである。

また、仮説2「ロシアのリーダーは西側のリーダーたちよりもずっとウクライナの成り行きに大きな関心をもっている」。そんなことはないだろうと思う人もいるかもしれないが、もちろんウクライナ国民よりは同国への関心は深くないにしても、プーチンは西側諸国の人たちよりウクライナに多く(広義の)利害をもっている。そういう意味で関心はずっと高いわけである。


さらに、仮説3プーチンがあえて2022年2月にウクライナ侵攻を開始したのは、ウクライナが西側に接近して西側と同盟関係になることを阻止するためだった」というものである。流布している説では、プーチンウクライナだけでなく西側にまで領土を広げようとしていることになっているが、この説はあまりにも不自然である。最近はさすがにプーチンがヨーロッパ征服を企んでいるなどというホラ話は少なくなったが、リアリストが指摘するように大国の侵攻が恐怖から始まるとすれば、プーチンの戦争の目的は西側からの恐怖の軽減だろう。

さて、以上3つの仮説が成立しているとして、いまの時点でウクライナNATOに加盟させないほうがよい理由が5つあるというわけだ。まず、理由1「いまの時点でのウクライナNATO加盟国となる基準を満たしていない」というものだ。ウクライナはせいぜい脆弱な民主主義国になったばかりである。また、汚職もひんぱんに起こっている。さらに、選挙は戦争が始まってからずっと延期されている。そして何よりもNATO加盟国の義務である「アクションプラン」を実行できそうにない。


また、理由2はすでに述べたようにNATOがはたして第5条を順守して行動するかどうかは明瞭ではない」という大きな問題である。「第5条は加盟国が攻撃されたときに他の加盟国を反撃に向かわせるための縛りではない」のである。この問題と関連して、ウォルトはそもそもウクライナ戦争が始まってから、これまで西側に自国の軍隊を派遣した国がないことを指摘している。もしウクライナNATOに加盟して、条件が整ったとしても、自国軍隊を派遣する西側の国がはたしてあるかどうか疑問だというわけである。

さらに、理由3NATO加盟は他国の攻撃を阻む魔法の盾ではない」ということで、これもすでに触れたが、NATOに加盟していれば攻撃してくる国がなくなるわけではない。それなのに、いまのウクライナNATO加盟推進論者は、あたかも加盟さえすればロシアは攻撃してこないと決めつけているかのようである。ロシアがウクライナ侵攻を行ったのは西側の国境が安全保障上危うくなったと考えたからで、むしろ、ウクライナNATO加盟は、ロシアにさらに本格的なウクライナ侵攻へと駆り立てるかもしれないのである。

加えて、理由4「たとえNATOに加盟しても、せいぜい戦争を先延ばしするだけ」の効果しかないだろうとウォルトはいう。「私の仮説が正しければ、モスクワ政府はキーウ政府がNATOに加盟するのを阻止するために侵攻した。もし、プーチンが『特別軍事作戦』を実行した理由がNATO加盟への阻止だったとすれば、NATO加盟の動きが加速しているなか、プーチンがいまの戦争をやめるわけがないだろう」。

最後に、理由5だが「中立状態は必ずしも悪くないかもしれない」ということである。なぜウクライナが中立的な立場を選択したくないかは、ロシアとウクライナの関係史をひもとけばわかるとウォルトはいう。しかし、それでも「中立の状態を続けることは」、かならずしもウクライナにとって悪くないのだと述べている。かつて、ソ連時代にフィンランドは中立国となって「フィンランド化」は屈辱的だとされたものだった。しかし、現実には中立化はフィンランドにとって結果的に悪くない選択だったとウォルトはいう。


ウォルトと同じように「リアリスト」と呼ばれたヘンリー・キッシンジャーは、昨年、死去する前に英経済誌ジ・エコノミストで「NATOウクライナを加盟させて、領土的問題で独自の判断をさせないほうがいい」という案を発表した。このインタビューでは、冒頭でゼレンスキーを「たぐいまれな指導者」と呼んでおきながら、肝心な問題を論じるあたりでは「まったく戦略を理解できないリーダー」と言い出して、ウクライナNATO加盟による「ウクライナの拘束」を提案して驚かせた。

キッシンジャーはしばしば「悪魔的」と呼ばれたが、それは他の理論家が思いもつかないことを、道徳的要素を無視して論じるからでもあった。もちろん、ウォルトはキッシンジャーを「貴重な外交の記録を残した」とは評したが、「彼は理論家でもなければ本当の意味でのリアリストでもない」と批判的だった。なぜ、このようなまったく異なる判断が生まれてくるのだろうか。「リアリスト」「リアリズム」の意味が違うといってしまえばそれまでだが、やはり現実の政治に携わったか否かも大きいだろう。


キッシンジャーはジ・エコノミストのインタビューでも、自分の経験について自信を示しており、ウクライナと停戦に持ち込む条件としてNATOに入れて「拘束」するのがよいと述べ、自分ならプーチンを説得できると語っていた。また、キッシンジャーは法則性や構造を重視するよりも(ある意味で意外なことに)「結局、外交をやっているのは人間」と語ったこともあり、交渉する相手との取引に大きな比重をかけている傾向も見せた。

いわゆる今のアメリカの「リアリスト」、ここで取り上げたウォルトや「盟友」のジョン・ミアシャイマーは、法則性や構造からのアプローチが顕著であり、細部まで議論することや心理を読むことよりもマクロ的な見方が優越している。ウクライナ戦争(と停戦)についても、ウォルトとミアシャイマーの場合、これまでの研究から得たものが背後にあり、相手の弱みに付け込んで勝負に出るという発想がないことからすれば、3つの仮説と5つの理由から、大枠で見ておくというのは理解できるところである。