いよいよトランプ対ハリスの米大統領選が本格化しそうだが、トランプが暗殺を生き延びてカリスマ的な集票力を得たのに対し、ハリスには今のところバイデンより若いという優位性しか示されていない。バイデンが撤退してハリスを後継者に指名したというショックによって、ロイターの世論調査ようにハリスの支持率がトランプを上回ったケースもあるが、激戦区の動向が大きいことを考えると、ハリスは独自の強さをまだ示していない。
興味深いのは英経済誌ジ・エコノミスト7月27日付が「カマラ・ハリスは勝てるか?」との社説を掲載して、バイデンがなかなか降りなかったことが、彼女に幸運をもたらしたと述べていることだ。「幸運だったのはバイデンが執念深かったことだ。もし彼がさっさと撤退していたら、米民主党は公式の候補者選びを行ったはずで、そのときにはハリスは勝てなかっただろう」。もう、残りが100日になっていたので選ばれたというわけだ。
ハリスはバイデンの選挙のために組織されたキャンペーン・チームと候補への献金をそのまま引き継ぐことになり、さらに選挙資金のファンドにかなりの追加を勝ち得た。バイデンがまだ候補だったときには、高齢すぎないかという疑問があったが、ハリスの59歳という年齢はそうした憂いを一掃してしまい、むしろ、この疑問はトランプの方に向けられることになった。
ジ・エコノミスト7月28日付に掲載されたグラフ。You/TheEconomistの最新調査ではハリス41%、トランプ44%の支持率。いっぽう、ニューヨークタイムズ紙の場合にはハリス47%、トランプ48%となっていて、接戦であることは間違いない。しかし、勝敗を決めるといわれる6つの激戦州でのデータがまだ発表されていない。
とはいえ、幸運はつねに試練とセットになっているのが世の常で、ハリスの幸運はそのまま裏返って試練の理由にもなりうる。米民主党が公式に大統領候補の選び直しに取り掛かったとした場合、ハリスの難点となったと言われるのは、彼女の主張と得意分野が堕胎問題など女性の権利保護や、犯罪に対する果敢な戦いであって、バイデンがこれまで中心的に力を入れてきた国民の福祉では必ずしもない事である。
これはある意味で仕方のないことといえる。ハリスはジャマイカ出身の父とインド系の母との間に生まれ、法曹界で頭角をあらわし検事として活躍し、カリフォルニア州の司法長官を務めた。こうした経歴が「黒人の権利」に焦点が当てられた時期に大きな政治的優位性をもったわけだが、アメリカ大統領候補としては少し偏っている。「むしろ、必要なのは普通のアメリカ人を前提にした実践的な政策なのである」。
もちろん、多くの訴訟を抱えている法の違反者であるトランプを、法の権化ともいえるハリスが懲らしめるイメージは分かりやすいかもしれない。さまざまな法廷闘争を通じて、トランプが法の独立を体現する司法省を「天敵」としているのに対して、ハリスは法と民主主義の「守護者」として振る舞うことは、きわめて容易だろう。しかし、問題は大統領候補となったとき、それが米民主党を束ね、さらに広範な支持を得るかどうかである。
「ハリスが注意しなくてはならないのは、(強力な大統領候補となるため)これからかなりの荒療治をしなければならないということだ。もしハリスがそれを不首尾なままに進めてしまうと、彼女が民主党の正式なプロセスで選ばれた候補者ではないことが弱みになってしまうかもしれない」。それに対してトランプのほうは、暗殺未遂を生き延びるなかで、共和党の結束はますます堅固になっているといえる。
「数カ月の散漫な選挙キャンペーンの後、アメリカ人は本格的な選挙に突入した。それはそれでよいことだろう。アメリカにとって、そして世界にとっても、危機の時代を迎えている。(アメリカ大統領選挙が)本格的な戦いとなるのはもっともなことだろう」
以上が、ハリス大統領候補にかんするジ・エコノミスト社説の概要だが、アメリカの民主党系関係者に急速に生まれている楽観に対しては、かなり懐疑的だといえる。たしかに、ロイターの世論調査のような「ハリスがリード」というのは例外だとしても、アメリカ全体での世論調査では「ほぼ拮抗」のイメージが浮かびあがる。しかし、繰り返されてきたように「この選挙の趨勢を決めるのは、激戦区での勝利」なのである。その激戦区での最新データがまだ出てきていない。
【追伸:7月29日午前】激戦区でのデータが出た。TBS newsDIGによれば「バイデン大統領の撤退表明後にFOXニュースが行った世論調査では、鍵を握る激戦州のミシガン州とペンシルベニア州でハリス氏とトランプ氏が支持率49%で並び、ウィスコンシン州でも1ポイント差と、互角の戦いとなっています」とのこと。2%差までは誤差の可能性と判断するのが一般的なので、1ポイント負けていても互角といえないこともないが、これもハリス大統領待望報道と見ておいたほうがいいだろう。何より注意しなければならないのは、いまハリスは押している一方で、否定的な情報やトランプ側の事実に基づいた本格的な反撃の洗礼を受けていないことだ。