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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ハリスがトランプと拮抗している?;データーを冷静に読む練習にちょうどよい現象

民主党の新しい大統領候補カマラ・ハリスが、急速に支持者を増やして、いまや「トランプと互角の戦い」にまで達しているという。もちろん、これはバイデンが選挙戦から撤退してハリスを指名するという、劇的な変化のショックが加わっているからだろう。そのショックの内実とはいったい何なのか、いま発表されている世論調査をもとにした記事とグラフから読み取ってみよう。


英経済紙フィナンシャル・タイムス7月31日付は「ホワイト・ハウスを目指しての戦いにおいて、カマラ・ハリスはドナルド・トランプと互角のところまできた」を掲載している。データーは7月28日のものだから、もう、この状態は多少動いてしまっているわけだが、それでも傾向は読むことができる。また、同紙の「論調」からも、いま世界が望む「期待」と世界が直視すべき「現実」の隙間を見ることもできるだろう。

まず、ざっといって、同紙の見立ては「バイデンが撤退してハリスを指名して以降、ハリスは米民主党がトランプの米共和党に対してもっていたマイナスを払拭したことは間違いない」というものだ。「ハリスは全国世論調査において、急速にトランプと同等のレベルまで引き上げた」というグラフでは、トランプ支持が46.8%なのに対し、ハリス支持は46.5%とかなりの善戦をしていることが示されている。


しかし、アメリカ大統領選を予測する場合、全国の支持率がそのまま当落を決めるのではないという、忘れてはいけない大いなる「落とし穴」がある。それぞれの州において、選挙団を選出するのだが、ほとんどの州がこの選出で勝ったほうが、その州の選挙団投票数を総取りしてしまう。全国の支持率では勝っていても、大統領にはなれないということが、かなりの頻度で起こるのである。最近の大統領選ではこの現象が起こりやすくなっているが、それは激戦州とよばれる6つないし7つの州での勝敗が、常に変動しやすくなったからだ。


同紙はミシガン、ウィスコンシンネバダペンシルベニアアリゾナジョージアの6州について、別立てでグラフを作成して掲載している。この「ハリスは激戦州でのバイデンの最近の結果を改善している」ではバイデンがトランプに勝利した2020年の結果と比較できるように作ってある。ただ、そんな配慮があるせいか、このグラフはちょっと読みにくい。いまの支持率が50%に達していないのに、50%と数字が打ってあったり、基準となる線との間の空き具合が必ずしも比例していないように見える箇所がある。これは50%そのものと約50%との差が、こうした読みにくさを作っているのかもしれない。

赤(共和党)が青(民主党)を圧倒しているように見えるグラフから、バッサリとこのグラフの結果を判断すれば、「ハリスはかなりバイデンが残した状況をリカバリーしているが、いまのところミシガン、ウィスコンシンでは約50%で拮抗したものの、他の州では約49%と約48%にとどまっている」ということになる。ただし、この種のデーターにおいては、2%くらいは誤差の内に入るとよく言われる。そうした配慮を加えれば、同紙が述べているように「ハリスはいまやミシガン、ウィスコンシンでトランプと50対50で、他のネバダペンシルベニアでは1ポイント差のほぼタイであり、全体ではデッドヒートを演じている」ことになるのかもしれない。ちょっと苦しい気もするけれど。


こうした微妙な動きに比べて、男女、人種、年齢での動きを見ると、バイデンが降板してからというもの、顕著な傾向が見いだせる。「ハリスは若い層と黒人でとくに支持を広げている。他の分野ではこれといった低下は見られない」とのグラフで顕著なのは、高年齢層の小さな動きを別とすれば、新しい動きの全体がハリスに有利に展開し、なかでも若い年齢層や女性さらに黒人での動きが大きい。これはハリスという新しい候補者の属性を考えてみれば当然のことだが、トランプがそのことをインタビューで皮肉ったところ人種差別として非難されることになった。たしかに、トランプの言い方は突っ込まれても仕方のないものだった。しかし、結果としてはその属性がプラスとして働いていることは否定できない。ただし、それが勝利を決定づけるわけではない。


世論というものは、何か事件があればシフトするものであり、その事件の直後の動きだけを見て判断するのは、間違いを犯すというのは鉄則に近いのではないだろうか。しかし、その鉄則は、フィナンシャル紙の統計担当者にとっては、必ずしも大きいものではないようだ。「予想屋たちはトランプに肩入れしているが、ハリスは確実に支持を広げている」とのグラフは、バイデンが惨憺たる敗北をしたディベート、トランプが狙撃された事件、そしてバイデンの選挙戦撤退の3つに留意しつつ、支持率の動きをグラフにしている。これで見ると、先ほどの鉄則はかなり重視すべきではないかと思うのだが、そしてハリスの勢いというのは、そろそろ横ばいになりそうなのだが、どうもフィナンシャル紙のグラフ担当者は別の論理をもっているようである。

最後のグラフは「ハリスは急激に民主党内を沸き立たせて、これまで投票しなかった人を獲得している」というもので、2020年の大統領選でバイデンに投票した人とトランプに投票した人が、ハリスが登場したことでどう変わったかをグラフにしている。このグラフをみれば明らかに、民主党はハリスになったことによって投票意欲が掻き立てられているが、いっぽう、2020年にトランプに投票した人は、相手がハリスになってもそれほどの伸びは見せていない。しかし、これって、当たり前ではないだろうか。いつまでも立候補に固執したバイデンが民主党支持者から意欲を奪ったのであって、ハリスがその魅力で急激に増やしたわけではない。なんとか前に戻しているだけなのだ。


念のために述べておくと、わたしはまったくトランプ支持者ではない。しかし、ハリスが大統領になったからといって、人権問題などでは民主党的な方向に揺り戻しはあるかもしれないが、ますます難しくなっている世界政治をやすやすと仕切れるとは思わない。大統領にトランプがなると、ほとんど大惨事がもたらされると思っているが、ハリスになっても白い鳩の飛び交う世界には程遠い事態になるだろう。

にもかかわらず、この記事とグラフを紹介したのは、このような自分たちに都合のよい解釈というのは、2016年の民主党陣営やリベラル紙によく見られた現象であることを思い出しておいたほうがよいと考えるからである。例外の一人はしばしば過剰な思い入れで報道する民主党系左派ドキュメンタリー映画作家のムーアだった。彼は激戦州を丹念に回ったので、現場の雰囲気がリベラル派のメディアと違うことに気が付いたのだった。現実に起きていることを直視しなければ、データーによる予測など何の意味もない。いずれにせよ、アメリカの内政の混乱は世界政治にも反映する。これから高い確率で目にするのは、こうした当然の現象だということである。