民主党大統領候補カマラ・ハリスが選んだ副大統領候補は、ミネソタ州知事のティム・ワルツだった。この人物は知事としても副大統領候補としても、なかなか変わった経歴をもっている。エリートが多い民主党の政治家のなかでも、天性の大衆受けする雰囲気があり、しかも、浮ついたところのない、地道な政治観の持ち主だともいわれる。ハリスの選択はどう評価されるべきなのだろうか。
英経済誌ジ・エコノミスト8月6日付の「なぜカマラ・ハリスは伴走者としてティム・ワルツを選んだのか」で、ワルツのプロフィールを手短に描き出し、そして、彼を副大統領候補に選んだハリス陣営のやり方を手堅いと指摘している。ハリスの経歴を見て驚くのは、彼が政治家になるまえは、田舎の高校の先生をやっていたことだ。生徒たちに慕われたかどうかは不明だが、ともかく生徒たちに生き生きとした体験をさせようと努力していたようだ。
政治家に転じる決心をさせたのは、2004年、二期目を狙うジョン・W・ブッシュ大統領が、同州の共和党の大会で演説をするというので、彼はクラスの生徒たちを連れて行ったときの、あまり楽しいとは思えない体験だった。彼の生徒たちは先生には黙って、民主党の大統領候補ジョン・ケリーのシャツを着こんで、セーターでそれを隠していた。そして、会場に行った生徒たちは、いっせいにセーターを脱いで、歓声をあげた。ただちに、彼らはブッシュのシークレットサービスに排除されてしまう。
ワルツはもちろん、生徒たちの行為自体が(こいつら!と思っただろうけど)不快だったのではない。そのときのブッシュのキャンペーン(と、そのときの排除の仕方)が、とても嫌なものに感じられたというのである。ミネソタ州の民主農民労働党のケン・マーチンによれば、このときの体験がワルツを政治の世界に送り込むことになった。「ティムは私のところに電話してきて、政治運動に参加したいと言ったんだ」。それでマーチンはワルツを地方のキャンペーン・オーガナイザーに仕立て上げたという。
なんだか、アメリカの映画にでも出てきそうな、熱血先生と悪童たちの互いの応酬からなる出来事と、その意外な結果だといえそうだが、この「いかにも」という感じのストーリーに過剰な正確さや厳密さを要求する必要はないだろう。生徒に生々しい政治を実地に教えてやろうとしたら、ブッシュ(息子)陣営のいやな行為に触れて、先生が憤激してしまい、こんなやつを大統領にしてたまるかと頑張ってしまったわけである。
その2年後、ワルツはミネソタ州の第一選挙区(それまで民主党の当選者は1人しかいなかった)から下院に出馬して当選する。マーチンによれば、「ワルツが勝つわけないと思われていたのに、彼は投票数の53%を獲得して当選したんだ」。それからずいぶん長いこと政治家をやって、ミネソタ州の知事になり、2022年には再選を勝ち取っている。こうした経緯から人びとが感じ取るのは、ハリスにつきまとう(そしてクリントン夫妻につきまとった)司法界的エリート臭とはまったく異なる、土の匂いのする(演説でもわかるように、ださいところのある)政治家である。この要素による「中和」が、ハリスあるいは選挙スタッフが狙ったことのひとつだろう。
ちょっとワルツの経歴が面白かったので、そればかり述べてしまったが、もうすこし具体的なワルツの業績や政策は別の機会にしたい。ジ・エコノミストの見立てとしては、アメリカの大統領選を決定づける、激戦州の州知事を選ぶのではなく、それに換えて民主党に新しい支持州を創り出した人物にし、ハリスが生み出す民主党の内部分裂を回避して、大統領選に一体となって立ち向かう戦いを演出しようとしている、ということらしい。「ハリスは無難な道を進もうとしている」というわけである。