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東谷暁による「事件」に対する解釈論

終らない紛争を終わらせる方法;スティーヴン・ウォルト教授が指摘する「矛盾する2つの世界潮流」

なぜ大国は世界の紛争を解決する力を失ったのか。そもそも、本当は解決する力などなかったのではないのか。根本的に考えれば、いま世界で進行している2つの潮流が対立しているからだと、ハーバード大学のスティーヴン・ウォルト教授は指摘している。したがって、まず必要なのは、この2つの潮流とは何であるか、そして、その対立を潜り抜けて世界の安定を生み出す方法を、世界の指導者が理解することだという。


いつものように米外交誌フォーリン・ポリシーの8月6日に掲載された「2つの大きな世界的潮流が対立している」から、ウォルト教授の分析と見通しを紹介したい。論旨は明快でこれまでウォルトの主張に親しんできた人には自明のことばかりだが、イスラエルハマスの指導者を暗殺し、ウクライナがロシアに侵攻した直後のいまこそ、ウォルト流のリアリズムを確認するのは意義があるかもしれない。

ウォルトがいう2つの潮流の第1番目は、「現代の兵器の射程距離、精度、および殺傷力が向上し続けていること」である。もはや1世紀前には想像もつかないほどの進歩を遂げ、強大な国家は、標的が数百マイル、場合によっては数千マイルのかなたにあっても、爆破することができるようになっている。その頂点にあるのが、核弾頭と大陸間弾道ミサイルで、それはいま抑止だけに限定されているが、長距離航空機、弾道ミサイル巡航ミサイル、ドローンなど他の精密な誘導技術も急速に発達してきた。


実際、イスラエルによるイランのソレイマニ司令官暗殺やレバノンにおけるヒズボラの幹部シュクルの暗殺などは、そうした誘導技術の成果の代表的な例ということができる。いまや精度の高いサイバー兵器を用いれば、たとえ地球の裏側にある標的でも、単にデイプレイを見ながらマウスをクリックするだけで、正確に攻撃できるのである。もはや多くの国および武装集団がもつ破壊能力は、世界規模になったといってよい。

大きな潮流の第2番目は、「地域的なアイデンティティや忠誠心、特に国民意識についての政治的重要性とそれへの粘度が、さらに高まっている」ことだとウォルトはいう。もちろん、近代ナショナリズムの歴史を振り返れば、すでに16世紀ころから始まっていた傾向だといえるが、共通の言語、文化、民族についての自己認識の深まりがいまも進行している。それこそ、多民族から構成されていたハプスブルグ帝国やオスマン帝国が崩壊した理由であり、そして英国、フランス、ポルトガル、ベルギーなどが植民地を失った原因でもあった。


国民のなかに強力な国民的アイデンティティが根付くなかで、成立した政府はさらに国家への団結を忠誠心を高めるための努力を続けるので、国民は「想像の共同体」のために犠牲を払うことに厭わなくなる。北ベトナムなどは50年以上にわたって日本、フランス、アメリカと戦い続け、アフガニスタンのムジャヒディンはソ連と戦い、その後継であるタリバンアメリカと戦って排除した。自らの国家意識を維持しようとするという意味では、ロシアの侵入に抵抗するウクライナや、パレスチナ人のアイデンティティを破壊しているイスラエルにも同じ傾向が認められるだろう。

さて、こうした時代において、先ほどの遠隔操作が可能になった高性能の武器は、どのような成果を生み出してきたのだろうか。大国に侵攻を受けた国家や集団の抵抗の事例は、枚挙にいとまないほどの例があるだろう。しかし、そのいっぽうで強大な国家がこうした高性能の武器を用いて、世界に安定をもたらしてきたかというと、かならずしもそうではないのだ。アメリカは1992年から2010年までイラク上空を制圧してきたが、アメリカ軍はイラクに安定した政治勢力を創り出すことができなかった。


「この2つの大きな潮流、つまり、遠く離れたところから正確に目標を破壊する能力と、それに対抗する地域的アイデンティティの力がぶつかり合うと、前者が後者を強化するということが起こるのである。初期の航空機においては、空幕によって敵を攻撃すると敵は戦意を喪失するとされたが、いまやそうではないことが多くなっている。ロシアのプーチンがいくらミサイルで空から攻撃しても、ウクライナの戦意を砕くことはできていない」

ウォルトが何より言いたいのは「大国の指導者は、『衝撃と恐怖』によって弱小国の国民を支配できると思っているが、それは間違いだ」ということである。残念ながら、大国あるいは軍事強国が、自国に従わせたい相手の罪のない人たちを殺戮しても、その意図は実現しないことが多い。それはイスラエルによるガザ地区攻撃でも明らかだろう。ただし、その逆においても同じことがいえる。ヒズボラがいくら遠隔操作でイスラエルを攻撃しても、イスラエルのガザ攻撃をやめさせることはできない。


もちろん、ウォルトは「現代の航空戦力に価値がない」と言いたいわけではない。たとえば、強力な航空戦力の行使と優秀な地上部隊を組み合わせれば、作戦の目的が達成されることはありうる。たとえば、イスラム国を排除するためにアメリカ軍は航空戦力で攻撃したが、この作戦が成功したのは、地上にはイラクとイランの地上部隊がいて地域を奪還し安定化を実行したからだ。最後にウォルツは次のように締めくくっている。

「戦略家クラウゼヴィッツは正しかった。戦争は政治の延長であり、破壊力だけでは目的を達成するのに十分ではないのだ。軍事作戦の成功には何より現実的な目標を設定することが重要だが、同時に、根底にある政治的問題に正面から取り組む意欲と、それぞれの国の自立を望む気持ちを認識しなくてはならない。爆撃だけで勝利できると考えるような人間は、国家の運営に携わるべきではないし、もし関係しているリーダーたちに私が述べていることを理解してもらえれば、もっとよい結果が得られるだろう」