ロバート・F・ケネディ・ジュニアがトランプ前大統領への支持を表明して、アメリカ大統領選はさらに混迷を深めている。しかし、ケネディの支持はいったいどれくらいの効果があるのだろうか。さまざまなコメントはあるが、この点についてはぜひとも数字で知りたいものだ。そしてまた、民主党のヒーローを生み出したケネディ家は、こんどの事態をどう考えているのだろうか。
英経済紙フィナンシャル・タイムズ8月24日付は「ケネディは大統領選から離脱してトランプ支持を打ち出した」を掲載している。ここにはこれまでの調査データから、ケネディが選挙戦から離脱した場合の影響が、数値で予測できるグラフがついている。もちろん、このデータによる予測には、アメリカの有権者の心理変化が含まれていないので、本当にどうなるか、それを考えるのは読者ということになる。
まず、ケネディがトランプ支持を表明した直後の経緯から簡単に思い出しておこう。トランプはアリゾナ州フェニックスで、支持者たちを相手に演説した。そこにケネディが突然やってきて壇上にあがり、二人は仲良く握手をして、トランプは「これまで我々は対立もしていたが、共通の敵と戦うことになった」と宣言した。会場からは「ボビー、ボビー(ロバートの愛称)」の連呼が起こったという。
すでにケネディは数時間前に大統領選からの撤退を表明して、さらにトランプ支持の立場を明らかにしていた。トランプもケネディが自分の陣営に来てくれるなら、それなりの役割を果たしてもらうことになるなどといっていた。だからこの劇的握手は、数日前から準備されていたものである可能性があり、偶然に起こったものでも、ケネディが駆けつけてくれたというものでもないわけである。
ケネディが大統領選に加わるか否かの影響度はハリスとトランプで同じようなもの
では、こうしたトランプ=ケネディ連合が生まれた結果として、大統領選の構図はどのように変わるのだろうか。結論からいえば「ケネディが離脱した影響は、ハリスとトランプにとって同じくらい」ということになる。もちろん、それはフィナンシャル紙がこれまでのデータから割り出したものだが、すでにニューヨークタイムズとシエナ大学による世論調査でも「ケネディ支持者の35%がトランプに鞍替えすると答えたいっぽうで、34%がハリスを支持するとのべていた」。
なんでこんなことになるのかといえば、ケネディが撤退直前のデータでも、ハリスが47.2%、トランプが43.5%の支持率であるのに対して、ケネディ支持はたったの4.7%しかいなかった。トランプとバイデンのディベートの時点では、ケネディは10%くらいの支持を得ていたのだが、バイデンが支持を失い始めたころから、ケネディの支持は5%くらいへの半減してしまっていた。
少しだけ遡って、8月20日のフィナンシャル紙の調査では、ハリス46.1%、トランプ44.2%、ケネディ4.9%。ハリスとトランプは接戦といってよかった。この構図で見ればケネディがどう動くかで、以降の支持率が再びトランプに有利に展開することはあり得るようにみえただろう。ケネディの今回の決断は、こうした微妙な状況を前提としたもので、トランプに恩を着せることができると考えたのかもしれない。
ケネディの支持率は、すでにバイデンが撤退した時点で下がり始めていた
そしてまた、ケネディ家の出身となれば、民主党支持者にとってはいまだに「希望の星」のカリスマ性持つとみる者も多いが、このケネディ元大統領の甥で、ロバート・ケネディの息子であるロバート・ケネディ・ジュニアという人物は、問題が多いことでも知られている。ワクチン懐疑論者というだけならどこにでもいるが、それがビル・ゲイツのワクチン支援は、チップを注射器で植え付けるためのものだという人は少ないだろう。また、長年の薬物乱用の過去があり、肯定的にとらえる人は「それを克服した」と言いたがるが、大きな憂慮の材料となることは否定できない。ケネディ神話の信者ですら、彼についての評価は分かれるのである。
JFK神話を守って来たケネディ家のひとたちも、この同胞には懸念をもっており、ケネディの5人の兄弟たちは、兄ロバートがトランプ支持をしたことを、「父と家族が最も大切にしてきた価値観への裏切りであり、悲しい物語のエンディング」とXに投稿している。こうしたケネディ家の反応が、これからどれくらいの影響をもつかは不明だが、かならずしもトランプに有利な方向にはたらくとは思えない。
フィナンシャルタイムズ紙より
しかし、こうしたケネディの奇妙な決断が、何らかのかたちでトランプに有利に働くという可能性がないとはいえないと指摘する人もいる。たとえば、独紙フランクフルタ―・アルゲマイネ8月24日付は「ケネディ氏、選挙集会でトランプ氏の陣営に登場する」を掲載しているが、「ケネディの決断が選挙キャンペーンにどのような影響を与えるかについては、政治評論家たちの間で意見が分かれている」と述べて紹介している。
同紙によれば「トランプとハリスの戦いが接戦であるかぎり、いわゆる激戦州の一部でわずか数千票の違いが、大きな結果を生む可能性がある。ハリス氏の選挙キャンペーン・チームのダン・カンニネンも、ホワイト・ハウスへの戦いは『非常な接戦』となると語って、ハリスのいまのリードがそのまま結果になると思い込むことに警告を発している」という。
フィナンシャルタイムズ紙より
実は、アメリカと世界のマスコミは、共和党の大統領候補指名の催し物が続いているあいだは共和党候補の報道に集中し、民主党の大統領候補指名についても民主党候補に集中する傾向がある。そのため、それぞれの大統領候補指名の大会が開催されている間は、候補者のマスコミ露出度が急増するので、本当の支持率の差が正確に出にくいということも指摘されてきた。
したがって、両党の大統領候補が出そろったいまからが、ほんとうの戦いといえる。その意味では、今の数値だけで判断しないようにするのは、選挙戦略の当事者としての心構えとして正しいだけでなく、この選挙に利害をもつ人にとっても注意深さが必要となる。とくに日本政府の関係者は、トランプとヒラリーとの戦いが自分たちの予測とはまったく異なった結果となったことを、もう一度思い出すべきだろう。