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東谷暁による「事件」に対する解釈論

日本製鉄がUSスチール買収に失敗する本当の理由;最近は大型M&Aが少ないからと論じる経済誌への疑問

日本製鉄によるUSスチール買収が、アメリカ大統領選挙の煽りを食って、挫折寸前まで追い込まれている。アメリカの投資会社が日本の土地や金融機関を買収するときには、買収は時間の節約で産業の発展を加速するとか説明する連中(日本の学者を含めて)が、こんどはトランプとハリスの人気取りだけのために挫折しても痛痒を感じないらしい。バイデン大統領などは「この買収は安全保障上の問題にかかわっている」などといっているが、それは「忠実すぎる」といってもよい同盟国に対する裏切りか、大統領選に出ないことにしたので、さらに頭の老化が進んだせいではないのだろうか。


さまざまなメディアがさまざまな報道を繰り広げてきたが、英経済誌ジ・エコノミスト9月8日号は「巨大買収・合併(ビッグ・ディール)の時代は終わったのか」とのタイトルで、この日本製鉄の買収挫折を一般的な理論から説明しようとしている。それはそれで「見もの」なので、簡単に紹介しておきたい。同誌によれば日本製鉄のUSスチール買収挫折だけが注目されるが、このところ巨大なM&Aが成立しにくくなっている。したがって、日本製鉄を論じる前に、全体の構図から見てみようではないかというわけである。

まず、同誌が挙げている一般的な理論は、「これまでの巨大買収合併について、経営者たちがこれまでの買収・合併の結果を学んだことによる」というものだ。たとえば、英国のケンブリッジ大学のジョフ・ミークスとJ・ゲイ・ミークスの研究によれば、これまでの巨大買収・合併の結果、株主が利益ないし富の増加を実現したケースは5分の1に過ぎないという。これでは買収とか合併をしても意味ないだろう。この説には反論もあって、経営者たちの企業巨大化によるメリットへの大いなる情熱を無視しているというものだ。


もっと適切な説明として同誌が挙げているのは、いまの投資家たちが過去の投資家たちより巨大な企業を築き上げることに懐疑的になっているため、それに経営者たちが影響を受けているという説だという。それはたとえば、いまのハイテク企業を見れば分かるように、規模を拡大するよりはコアの競争力を向上して確実に収益を上げようとしているではないかというわけである。大規模になれば儲かるという時代ではないので、投資家たちもいたずらに大きくなることに魅力を感じないというわけである。

さらに、別の視点から見た場合に見逃せないのが、「政治的に巨大な買収・合併を阻止するようになった」という説である。これはマイクロソフト社がさらに巨大になる機会があったにもかかわらず、政治的に阻止されてきたことを思い出すべきだという。同じく政治的でも「国際的な取引」になった場合には、「国家の安全保障上の問題」から、阻止される場合も出てきている。たとえば、中国がからんでいれば、アメリカ政府は安易にM&Aを認めない。これこそがまさに、今回の日本製鉄によるUSスチール買収を阻止する理由ということになる。


しかし、あれこれ「理論的」な説を繰り出しているが、同誌がこのレポートに付しているグラフを見てもすぐに分かるのは、何らかの要素で金融市場がバブル状態になったときには、買収・合併が盛んになる。そんなことは60年くらい生きていれば、3度や4度は目撃することになる。これが理論的根拠の前提となるべきだろう。今回の2020年ころからの買収・合併の急上昇および規模の拡大は、あきらかにコロナ禍対策で金融が緩んだことから生まれたことは、一目瞭然といってもよい。その傾向が低下したのはインフレ対策のため金融政策が締めの局面にあったからで、もし、FRBがまた金利を緩和しすぎるようなことがあれば、たちどころに買収・合併は増えるだろう。


同誌の記事は日本製鉄のUSスチール買収が阻止されつつ理由を中国企業と並べて論じているが、日本製鉄のケースを安全保障がらみの政治的介入に分類するのは、いくらバイデンが言っているからといってもやはり間違いだろう。日本製鉄がアメリカにとって安全保障の問題を起こす危険性はかなり低い。

日本製鉄の買収阻止は繰り返されてきた金融市場の拡大と縮小のなかで、国内政治的な要素が巨大になったケースであって、大統領選挙がこれほど混乱していなければ、ここまで政府が介入してこなかっただろう。そして、これから生まれてくるその結果というのは、まちがいなく日本製鉄とUSスチールの取引の失敗であって、中長期的にはアメリカの製鉄産業のさらなる衰退であり、製鉄会社に勤めている労働者たちの失業率の上昇にほかならない。