目に触れると読んでみたくなるのが「ランキング」記事だ。経済から芸能の世界まで、どこまで正しいいのか分からないようなランキングがネット上で発表され、そのたびにちょっとのぞいてみたくなる。経済やビジネスに関心がある人は、やはり日本の世界における「イノベーション力」のランキングを見てみたくなるだろう。最近、世界知的所有権機関(WIPO)によるデータが発表されたので紹介しよう。最後に【増補】で石破首相の所信表明に現れたイノベーション観について考えてみる。
英経済誌ジ・エコノミスト10月3日付に「世界でもっとも技術革新的な国はどこか」が掲載されている。この記事ではWIPOのデータを使いながら、特製のグラフがつけられ、分かりやすい解説が付いている。まず、ずばり、日本の順位から始めよう。図版①で全体の位置づけが分かるように、日本は世界で第13位の技術革新的な国である。カナダ(14位)よりは評価が高いが、中国(11位)やフランス(12位)よりは低いという位置づけだ。
かつては世界でもトップクラスの技術大国といわれ、「21世紀は日本の世紀」などというフレーズに浮かれたことを思い出せば、大転落と感じる人もいるかもしれない。この順位はいくつもの分野でて別々に点数をつけて、それを総計することで順位を決める方法を採用しており、多方面からみた日本の総合的な技術革新力ということになる。多くの指数を総合するが、それには特許数、科学論文数、ハイテク輸出額などの「アウトプット」、研究開発への支出額、工学部の卒業生数、ベンチャーキャピタルの投資額などの「インプット」が含まれている。
「こうした指数の合計がトップなのはスイスであり、同国は2022年に5430件の国際特許を出願、これはアメリカの出願件数の約10分の1未満だ。しかし、スイスの経済規模はアメリカの10分の1未満なので、この基準でもアメリカを上回っていることになる。同様に技術革新のスイス全体の貢献はアメリカよりずっと下かもしれないが、同じ人口当たりで計算すると、スイスのほうがずっと高くなるわけだ」
このように、国家のサイズが異なるので、そのまま比較しても意味がないため、同じ人口当たりでの数値で比較する。また、それぞれの国の各指数は、一人当たりのGDPと相関しているので、富裕国はどうしても上位にランクされることになる。発展レベルから比較すると、予想以上には良い成績を収めているのはインドで、39位にランクされているが、一人当たりGDPが低い国はおおむね、上位100位以内には入りにくい。
また、ランキングの上昇率が高かったのは、インドネシア、モーリシャス、サウジアラビア、カタール、ブラジル、パキスタンなどだったが、全体で見ると2023年は上昇が着実とは言い難い年だった。それが図版②で、国際特許出願数は2009年以来初めて下落。ベンチャーキャピタル投資の件数は2023年に9.5%下落、そのバリューは39%と大幅に落ちている。しかし、今年からは回復すると見られているようだ。
同誌が注目しているのが中国で、全体の世界ランキングは1つ順位を上げたものの、ベンチャーキャピタル業界は苦境にある。その理由として、中国の内閣にあたる国務院は、投資家がリスクの高い新規事業に資金を投入することを恐れているためとしている。いっぽうで、金融当局は大手国有銀行がベンチャーキャピタル業界に進出することを提案しているが、中国の金融ジャイアントは、リスクを冒すことをあまり好まないようだという。
【増補】
10月4日の石破首相による所信表明で提示された経済・財政政策にも、イノベーションについての部分がある。「イノベーションを促進すること等による高付加価値創出や生産性の向上、意欲ある高齢者が活躍すできる社会を実現し、我が国のGDP(国内総生産)の5割超を占める個人消費を回復させ、消費と投資を最大化する成長型経済を実現します」というわけである。
アベノミックスでも、第三の軸として生産性向上は掲げられていたが、第一の金融緩和政策、第二の財政政策ほどには注目されなかった。おそらく、インフレターゲット政策という金融緩和が事実上挫折し、積極的な財政政策が途中から後退したことによって、経済回復すらも達成できなかったことで、本来、この肝心な生産性向上政策は本格的に行われていなかった。
なぜ、石破首相は研究開発費を思い切り増額すると言わないのか
そもそも、これまで政府が生産性向上を試みて、うまくいったというためしがないのである。しかし、将来的なことを考えれば、「けっきょくは生産性向上が問題」(ポール・クルーグマン)であり、日本のMMT派のなかにすら「MMTだけではだめで生産性を向上させなくてはならない」と言っている人たちがいるくらいなのだ。日本のこの数十年の経済停滞は、結果として生産性が上らないことにあり、その原因については意見がまったくバラバラなまま集約されていない。
では、石破政権はこうした日本経済の最大の問題点を解決してくれるのだろうか。所信表明の次の部分を読んでいただきたい。先に引用した部分に続けて「このため、コストカット型経済から高付加価値創出型経済へ移行しながら、持続可能なエネルギー政策を確立し、イノベーションとスタートアップ支援を強化していきます」とある。これはぜひやって欲しい。しかし、もう少し読んでいくと「柔軟な社会保障制度の再構築を実現するとともに、データに基づき財政支出を見直し、ワイズスペンディングを徹底していきます」などと言ってしまっているのである。
なんども指摘されているのに、研究開発費は横ばいのまま
この「ワイズスペンディング」というのは、安倍政権の内部では竹中平蔵が強調したもので、ちょっとばかり金融緩和をしたらインフレ率が少しあがり、景気もよくなる兆しを見せたものだから、竹中は金融緩和と生産性向上を中心とする「ネオ・アベノミクスへの転換」を言い出す。結局、財政支出縮小へと向かって、アベノミクスは失敗への道をたどり始めたのだった。そもそも、インフレターゲット政策が本当にうまくいったわけではないのに(日銀副総裁の岩田規久男は後に「甘かった」と告白している)、これでいけるとはしゃいで、肩で風を切っていたアベノミクス理論家たちは、みじめに破綻したのである。
金融緩和だけで行けるといっていたインフレターゲット論者も間違っていたし(本当にそう言っていた)、また、相変わらずイノベーション一本やりで論じる新自由主義的ミクロ経済学者たち(いま、また勢いを取り戻している)も間違っている。金融緩和で生まれる期待は長く続かないし、不安定なものだ。また、イノベーションで生まれるくる新技術が商品化されるには長い時には30年くらいかかる。所信表明の中にあるように、イノベーションを促進したからといって、短期間に消費が伸びるとは言えないのだ。これを簡単にくっつけるから幻想が生まれ、そして幻滅に逢着するのである。
それぞれの政策はタイムレインジも異なれば、おなじ経済といっても効果の現れる部分も異なるのだ。それらをどう位置付け、そしてどう継続していくか。それこそが経済・財政政策なのだが、いつもどっちかの極端な議論だけが妙に受けて、どっちかに妙に振れていく。そして、今回もイノベーションと財政縮小という組み合わせが採用され、おそらく石破政権を短命化させることになるのである。