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東谷暁による「事件」に対する解釈論

イーロン・マスクの大統領選「票の間接買収」;なぜこれが犯罪でなくなる可能性があるのか

イーロン・マスクがトランプに投票する人には、毎日100万ドルが当たるクジを引く権利を与えると発表したので、アメリカでは大問題になっている。これは違法ではないのか? そうでないとしても、あまりに露骨な選挙を金で買う行為ではないのか? その背景になっているアメリカの政治資金と法律の関係をおさらいして、このイーロン・マスクの問題点を考えてみよう。


いつものように報道された内容から見ていこう。英国経済誌ジ・エコノミスト10月23日付は「イーロンの100万ドル投票者」という短いタイトルの社説を掲載した。「マスクによるトランプを押し上げようとの仕組みは、法律的に問題点が多いだけでなく、民主主義にとってもよくない」というのがサブタイトルで、同誌は批判的であることが分かる。では、その理由は何なのか。

そもそも、アメリカの選挙に投じられる寄付金の仕組み自体が、日本人の感覚からいって異常といってよいものだ。たとえば大富豪がいて、彼がお気に入りの政治家の政治資金を寄付しようとすれば、その政治家を支援する基金組織に寄付すればいい。それは事実上限度金額がないから、いくらでも合法的に寄付できる。これは何度もの法廷闘争をへて、政治資金の寄付が政治家個人でなく政治家の支援団体ならば、アメリカの憲法にある「言論の自由」だと見なされるようになったからなのだ。


これですら「金権政治」そのものだと思われるのだが、これではお金を使って直接に支持する政治家に、大勢の有権者を投票させることはできない。また、お金を渡して「だれだれに投票しろ」というのは、さすがにアメリカでも違法行為になる。そこでイーロン・マスクは、もっと迂回的かつ間接的な方法で、自分のお金をトランプに当選させるために、有効に使う方法を考えたようなのである。

アメリカの大統領選挙は、まず、有権者として登録するところから始まる。登録しておいて投票しないのは構わないが、事前に登録しないと選挙権が得られない。ところが、中には登録すらしていない有権者がけっこういる。そこでイーロン・マスクは、前出の100万ドルのクジを引く権利を、登録している人に限定するというわけだ。ここまでは違法の入り込む余地はないように思われる。


しかし、これでは登録した有権者がトランプに投票するかハリスに投票するか分からない。もうひとつの条件として、憲法修正第1条(言論の自由)と憲法修正第2条(銃の保有権)を支持する請願書に署名することが加えられている。修正第1条と修正第2条の支持者はトランプの支持者と重なっている確率が高いからだと、ジ・エコノミストは推測している。こうした条件だけでは100%の確度ではないが、トランプ支持者に絞り込みやすく、また、お金を直接渡してトランプに投票させるという買収には当たらないとイーロン・マスクは考えているらしい。

これに対して、すでにアメリカ司法省はイーロン・マスクに対して「違法性がないか調査を開始する可能性がある」と警告した。連邦選挙法は現金だけでなく、仮想通貨、宝くじなどの形態であっても、票を「買ったことになる」としているからだ。さらに、たとえば投票登録をするように、誰かにお金を渡すことも禁じられていることも重要だ。したがって、イーロン・マスクのアイデアは、かなりきわどいと言えるだろうと同誌は指摘している。登録とくじという要素だけみれば、有罪になりそうだからだ。しかし、そのいっぽうでこれまでの選挙資金をめぐる裁判はマスクに有利のようにも見える。


アメリカの選挙資金規正法は、あまりにも緩くできているので、それを破ろうとすることのほうが至難の業だといえるほどだ。イーロン・マスクに同情的な裁判所ならば、この計画は言論の自由に当たるため、憲法修正第1条で保護されることになってしまうだろう。そしてマスクほどの資金力があるならば、その議論をうやむやになるまで続けるチームに資金を提供することもできるだろう」

こうしてみると、イーロン・マスクは司法省がクレームをつけてくることなど、最初から予想していたわけで、おそらくはすでに、この法律問題で敗北しないためのチームを作っているのではないかと推測される。それどころが、法廷闘争になって不利になったとしても、裁判を引き延ばしていけば、大統領選挙はとっくに終わってしまい、いまの趨勢だとトランプが大統領になっているのだから、トランプはワシントンの権力も使い放題で、もう怖い者なしの状態だろう。

ジ・エコノミスト誌より


では、ここまでやってイーロン・マスクは何が得られるのか。ジ・エコノミスト誌によれば、トランプが外車輸入規制をさらに強めるいっぽうで、マスクの所有する電気自動車会社テスラの経営を、もっとやりやすくするという意図が秘められていると推測している。「トランプが勝てば、テスラのライバルを打倒し、テスラの株価を上昇させる可能性がある」。さらに思想的な側面では、マスクは優生保護法の思想を持っているので、ともかくトランプに勝たせて移民を制限させ、白人有権者を移民に置き換わることを阻止する政策を実現させることになるのではないかと、同誌は勘ぐっている。

アメリカの最高裁は過去数十年の間に、選挙資金の規制を緩和し続けてきた。それは票の買収を禁じる規範が崩壊しないことを前提としていた。この想定は、いまや間違いだったことが明らかになりそうな状況にある。マスクの今回のプロジェクトは、おそらく2028年の大統領選挙でも模倣する者がでてくるだろう。しかも、今回のように共和党だけでなく民主党にも億万長者が大勢いるから、彼らは類似のロッタリーのような仕組みを作るだろう。たしかに多くの改革はアメリカの民主主義に利益をもたらすかもしれない。しかし、大富豪たちに選挙の結果に対する影響力を与えるものは、決してそうはならない」