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東谷暁による「事件」に対する解釈論

テスラの完全自動運転は実現困難だ;可能と信じているのはイーロン・マスクだけ?

イーロン・マスクの電気自動車企業テスラが、2026年をメドにAIを使った自動運転自動車を実用化すると意気込んでいる。しかし、実際にはAIはそこまで進化していないとして、その実現を危ぶんでいる関係者は多い。AIといえば株が上昇するだけでなく、未来の世界を論じているような気になる者も多いが、では、マスクのプロジェクトはどの程度実現可能で、そしてまた完全自動運転の未来はどうすれば可能なのだろうか。


米経済紙ウォールストリート・ジャーナル11月1日付は、同紙のテクノロジー専門のコラムニスト、クリストファー・ミムズの「イーロン・マスクのロボ・タクシーの夢は時期尚早である理由」を掲載。トランプ候補を支持して1日100万ドルの宝くじをばらまいているイーロン・マスクの完全自動運転車のプランが、実は、かなり危ういものであることを、専門家や業界人の証言をもとに浮き上がらせている。いうまでもなく、ウォールストリート紙は「保守系共和党系)」とされる新聞であり、本来、株価を釣り上げるネタには目がない新聞である。

まず、イーロン・マスクが考えている完全自動運転自動車の概要から見てみよう。これまでのテスラの走行を撮影したビデオを、テスラのAIシステムに大量にインプットし、巨大なスーパーコンピューターが解析したアルゴリズムによって、この完全自動運転自動車は安全運転の方法を学習するという。そうすることにより、テスラは完全自動運転車を他の企業に先駆けて、しかも、安く提供できるようになるというのである。


では、他の自動車メーカーで行われている完全自動運転車の試みは、どのような方法で行われているのだろうか。たとえばウェイモだが、この企業では自動運転の問題点をエンジニアたちから多くの知見を集め、自動運転のプロセスをなるだけ明確なプロセスに分解しつつある。さらに、レーザーやレーダーなど多くのセンサーから得たデータを分析し、自動車の運転を詳細で膨大なプロセスとして見ようとしているという。

「もっと単純化してしまえば、イーロン・マスクのテスラにおけるビジョンというのは、人間の運転を観察することによって、自ら学習するAIを創り上げようとしている。これに対してウェイモなどの他のライバル会社の多くは、自動車を自動運転で走らせながら、その自動車の運転を修正していくことによって、いわば自動車を教育していこうとしているといってよいだろう」


最先端の自然科学についてもそうだが、最先端の技術についても、それを説明している文章というのは、そのまま読み過ごしていれば、なるほどそうかと思うのだが、細かいことを考え始めると、何をいっているのか分からなくなる。このAIを使った完全自動運転というのも、それぞれのアプローチの違いを説明されてもよく分からない。

それでも敢えていえば、テスラは徹底してAIが自動的に学ぶ仕組みを創り上げて、完全自動運転をやらせようとしているのに対し、ウェイモなどは自動運転とはいいながら、センサーから入ってくる情報を逐次入れながら、その情報で修正をしつつ自動運転の問題点を捉えようとしているようだ。もちろん、テスラの場合も始動にあたっては、それぞれのドライバーが自動車を一定期間走らせて、学習させるプロセスが前提とされているらしい。


この記事の筆者ミムズが、テスラ流の完全自動運転の実現に懐疑的になっているのは、第一に、イーロン・マスクが言っているほどに、テスラが2026年に発売できるレベルに達しているのかどうかわからないからだ。第二に、本当にマスクが公言しているようにAIがどんどん学習してくれることで、他社を圧倒的に引き離したレベルの完全自動運転が可能になるのかである。

まず、これから2年ほどの間に、実際にロボット・タクシーを営業できるようなレベルに達するのかという点に関しては、膨大なビデオ情報から学ぶのにどれほどの時間が必要かについて、コンプイーター学者のティモシー・B・リーが推測している。「膨大なデータから何らかの役に立つことを学習するには、テスラのAIは数百万時間にわたる人間の運転を観察して、その動作を模倣するように努める必要がある」。


いっぽう、ウェイモなどの競合企業は、こうした学習のプロセスをもっと地道な方法で試みようとしているようだ。たとえば、人間のドライバーに車のハンドルを握らせて、自動運転の自動車が好ましくない動きを見せたときには、ドライバーが運転を代わり危機を回避するかたちで、現実世界で自動運転システムをトレーニングしてきた。この方法は、労働集約的で時間もかかれば費用もかかる。しかし、こうした地味なプロセスによって、信頼性の高いデータも獲得できているという。

ウェイモの共同創業者アンソニー・レヴァンドウスキーは、ウーバーに移った後に、今は自動運転技術開発企業のトップを務めているが、イーロン・マスクのいうように1年や2年で完全自動運転システムを実用化できるというのは、合理的な発言ではないと述べている。「マスク氏が望むような完全自動運転システムは、AI技術の基礎そのものが進歩しなければあり得ない。それがいつまでに実現するかということも、いまは明らかでないのだ」。

テスラはこれまでも、ビデオカメラで安全運転ができると主張して、FSDシステムをつけた電気自動車を販売してきたが、これには他でもない、テスラに乗っている人たちが否定的な映像を多くSNSに投稿してきた。実際に彼らは突然の出来事が惨事を起こしかねないので、常に注意深く監視しながら運転しているという。最近、連邦自動車安全規制当局は、致命的な事故におけるテスラのFSDシステムについて、調査していると発表した。


テクノロジーはしばしば予測のつかないような進歩を遂げるから、テスラのやり方は永遠に実現しないといえないかもしれない。しかし、いまのテスラの方向性についてはどうだろうか。ジョージ・メイソン大学のコンピューター科学教授メアリー・カミングは「テスラのコンピュータ・ビジョンだけのアプローチはうまくいかないだろう」と断言している。カミングに対してはイーロン・マスクが反論したことがあるが、相変わらず彼女は「テスラが完全自動運転を真剣に追求するなら、センサーについてのアプローチを改めて、すくなくともセンサーの数は増やさないといけない」と述べている。

イーロン・マスクのイメージと現実が乖離しているのは、「マスクが先に目標を置いて、そこから逆算して解決法を考え出すやり方を続けてきたからだ」。しかし、この方法は、確立した技術の適用ではなく新しい技術の開発の場合も、はたして有効なのか考えてみたほうがいい。

最後に前出のティモシー・B・リーの指摘をもう一度聞いておこう。「遠隔支援を必要としない完全な自動運転を実現するには、人間レベルの知能が必要になるかもしれない。それはテスラにとって楽観できるような話ではないだろう。なぜなら、それを実現しようとしている企業(=テスラ)の状況をみれば、まだまだ道は遥かと言うしかないからだ」。