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東谷暁による「事件」に対する解釈論

米大統領選の直後にウクライナ停戦は可能か?;リチャード・ハース「停戦提言」の意図と実現性

ハリスとトランプの大接戦が終わりに近づいた11月4日、米国の戦略家リチャード・ハースが米外交誌フォーリン・アフェアーズウクライナの停戦案を提示した。「終戦」ではなく「停戦」であり、アメリカや西側はウクライナへの支援を続けるが、戦争状態は終わりにするというもので、ハリスとトランプのいずれが大統領になってもアイデアとしては使えるものとなっているところがミソだが、果たしてその実現性はあるのだろうか。


米外交誌フォーリン・アフェアーズの発行元である米国外交問題評議会の元会長で、戦略家として現実の政治にもかかわってきたリチャード・ハースは、これまでもウクライナ戦争についての提案を何度か行っている。それは、あとで再び触れるように、この戦争の「解決」は不可能だから「管理」することを考えるべきだというものだった。この基本は変わっていないようにも見えるが、こんどの論文「完全主義がウクライナに関する善の敵になっている」では「敵対行為の停止」によって戦闘だけはやめることを提案している。

ウクライナ政府はこれらの目標(ウクライナを独立させたままにする、つまり主権をもち、経済的に自立した状態を維持する)を実現するためには領土の100%は必要としない。では、何が必要なのだろうか。何よりもまず戦争の終結である。その終結には、ロシアとウクライナを隔てるすべての問題に対処する必要はないし、また、そうするべきではないのだ。過度に野心的な外交的取り組みは確実に失敗する。むしろ、ウクライナが必要としているのは、現地の状況を反映している暫定的な敵対行為の停止である」


もうすこし細かく見ておくと、第一段階では「両国を隔てる緩衝地帯を設けて停戦が実現することを目指す」。第二段階では「いわゆる最終的地位問題を含む追加的な取りまとめが行われる」「この段階では双方向の領土移転、クリミアとウクライナ東部の住民の自治権などの問題が解決される可能性がある」。そして、「理想的にはウクライナNATO加盟が含まれることになるだろう」。

たしかに、ハースは前述のように、ウクライナ戦争は解決することはできないので管理すべきだと述べてきた。したがって、今回の提案はその延長線上にあるといえないこともない。しかし、どうも時期から考えて、大統領選の結果が出る前に、ハリスにはバイデン大統領とは違う選択肢を、また、トランプ陣営には完全なウクライナ放棄を牽制するために、この論文を書いたように思われる。


それは、まさにハースが同誌に2022年6月10日付で、ウクライナ戦争が100日を超えたときに発表した「長期にわたるウクライナ戦略」を読み返してみれば、その印象はさらに強くなる。「戦争が終わる方法は2つしかない。まず戦場で、次に交渉の場で、一方が他方に自らの意志を押し付けるか、あるいは双方が戦うよりも望ましいとみなす妥協案を受け入れるかである」。この時点でのハースは、いずれも難しいので「アメリカと欧州は終わりのない紛争を管理する戦略を必要としている。ここで重要なのは『解決』ではなくて『管理』という言葉だ」と主張していたわけである。

では、この時点からウクライナおよびロシアに戦争に対する取り組みの姿勢が何か大きな変化があったのだろうか。まったくないとはいわないが、ウクライナは30万人の戦死を出してさらに追い詰められているし、ロシアは60万人もの死者を出しながら引き下がる気はないようだ。変わったのはヨーロッパであり、そして何よりもアメリカが大きく変わろうとしている。ハースはバイデン大統領が残り70数日の在任中にも自分のプランを始めるべきだと言っているが、そんなことは事実上不可能だろう。


ハリスは大統領になっても、おそらくバイデンの戦争をそのまま引き継ぎたくないが、それを公言することは避けたい。トランプは大統領になったら、ウクライナは48時間で解決してみせると大見栄を切っているが、それほど簡単ではないことは分かっている。ならば、その両者にとって乗りやすい「敵対行為の停止」を提示しておくことは有効だとハースは思ったのではないか。

私もこの提案はいまの時点で考えうる妥当なものだと思う。しかし、それだけならばこれまでキッシンジャーが行った停戦案や、スティーヴン・ウォルトが提示してきた停戦案の焼き直しにすぎない(もちろん、この2人には大きく違う点もある。前者はウクライナNATOに入れる。後者はNATOに入れるのはロシアを逆に刺激するだけと考えている)。しかも、彼らはウクライナという国家の性格やロシアの民族的性向を考慮しつつ、いまのような状態になることを予測しつつ発言してきたことを忘れるわけにはいかない。


このハース案はそうした意味で、大統領選挙が終わる時点を見計らった「機を見るに敏なもの」という点が目立っていることが気になるが、アメリカの大統領選挙が終わってからの、ひとつの叩き台になりうるのではないかと思われる。しかし、この大統領選がたとえ終わっても、米国内の混乱は終りそうにない。トランプが当選すれば内外共に騒動が沸き起こり、ハリスが当選してもトランプは選挙のフェイクを主張すると見られる。こんどは米国内の混乱が、ウクライナの状況緩和を遅らせる可能性は大きい。