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東谷暁による「事件」に対する解釈論

トランプ大統領が生み出す世界規模の大混乱;スティーヴン・ウォルト教授の国際政治「冬の時代」への警告

トランプの圧勝といってよい大統領選の結果は、これからの国際政治に何をもたらすのだろうか。すばらしい時代がやってくると思っているのは、トランプ崇拝者か度外れた楽観主義者だけだろう。しかし、だからこそいま冷静に、トランプ時代の恐ろしい兆候に目と耳を向けねばならない。そしてそれが日本にとって本当にどのような影響を与えるのか、じっくりと考える必要がある。


ハーバード大学のスティーヴン・ウォルト教授が米外交誌フォーリン・ポリシー電子版11月8日付に「今回のアメリカ大統領選が国際政治に与える10の影響」を寄稿している。この10とは、1)米国の政治は謎に満ちている 2)トランプは予測不可能である 3)リベラルの覇権は死んだ 4)来るべき貿易戦争に気をつけよ 5)ヨーロッパは窮地にある 6)ウクライナは本当に苦しい 7)中東での紛争は続くだろう 8)中国は抑えられない 9)気候の危機は続く 10)分断社会における統一権力 この内いくつかを見てみよう。

トランプは予測不可能である そもそもトランプは予測不可能なことを、自分が利益を得るための「資産」と見なしているとウォルトは指摘している。これはまさにアメリカのビジネス界が常に行ってきた常套手段であり、それを政治にも乱暴に応用しているのがトランプだといえる。しかし、「トランプは自分の政治的、経済的利益に反する行動をしないだろうとは予測できても、それが政策にどう反映するかは見当もつかない」。この不確実性こそが、世界大乱の根本的原因なのである。

フォーリン・ポリシー誌より


来るべき貿易戦争に気をつけよ
 トランプが選挙運動のなかで言った「1930年代の関税をすべての輸入品に課すというのを、単なるハッタリだと思ってはいけない」。ただし、この政策を極端な保護主義者にゆだねるか、比較的オープンな市場とグローバルなサプライチェーンに依存している新興ハイテクビジネスマンに相談するかで、その結果は大きく異なってくるとウォルトはいう。いずれにせよ大きな混乱が生まれるが、そうなってもトランプはすぐにスケープ・ゴートを見つけて、それを激しく攻撃するだけのことである。

ウクライナは本当に苦しい トランプはアメリカによる援助を打ち切り、ウクライナの運命をヨーロッパに丸投げする可能性が高い。ロシアがいま占領しているウクライナの領土を併合してしまうのは、さすがのトランプも是認できないかもしれない。しかし、ウクライナに名目的な独立を保証して、NATOへの加盟をやめさせるなら、プーチンは受け入れるだろうし、アメリカ国民も納得することになるだろう。そして、トランプはウクライナ戦争を終結させたと高らかに宣言するわけである。

ジ・エコノミストより


中東での紛争は続くだろう
 すでにトランプは前期の任期中に、イスラエルのネタニヤフ首相に彼が望むことをすべてやらせ、イランの核開発を阻止する合意から離脱している。いまさら、彼がガザ、レバノンヨルダン川西岸の罪のない人びとが直面している悲劇に、涙を流すようなことはないだろう。トランプはイスラエルがイランに本格的な攻撃を仕掛けるのに加担することに躊躇するだろうが、イスラエルパレスチナ人を根絶あるいは追放することには青信号を出し続けるに違いない。

中国は抑えられない トランプの政策顧問団はいまも中国政策において一致を見ていない。したがって、トランプ政権が中国に対して何をする気なのか、どのような原則でこの国に臨もうとしているのか、まるで予想がつかないとウォルトはいう。いまのところ、「ワシントンと北京との大規模な取引が行われる事態は想像することができない」。また、困ったことにトランプはアジアにおける同盟国との関係を損なう危険がある。たとえば台湾だが、中国が侵攻を開始したとき、トランプ政権下のアメリカが介入するかすら明確でないのである。


分断社会における統一権力
 矛盾したフレーズのようだが、実際にいまのアメリカにおけるトランプ政権は、この言葉どおりといって間違いではない。トランプ支持者はいまこそアメリカは本来の姿に戻りつつあると錯覚しているかもしれないが、まったく逆の事態になっていることに注意を向けるべきだ。トランプ政権と共和党は、いまやホワイトハウス最高裁判所、上院、下院の完全な支配によって、統一された無制限の権力を握ったといってよい。そしてそのいっぽうで、アメリカ社会の分断は少しも解消されていないし、さらに分裂の度を高めているのである。

アメリカ合衆国の規模を考えると、アメリカ人と世界中の人びとはいまや巨大な社会的実験に、何の断わりもないまま参加させられているような状態になっている。私はこの実験が少しはポジティブな結果を生み出して欲しいと思うが、しかし、実現されるわずかな利益すらも、一連の自傷行為によって打ち消されてしまうのではないかと恐れている。冬が来ようとしている。私が警告しなかったと言わないで欲しい」