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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ポケモンGOはスパイの道具だったのか?;米国の情報機関を恐怖させた背景

ポケモンGOでのトラブルといえば、私的な生活空間にポケストップを設置されたとか、プレイに夢中になった運転手が交通事故を起こしたとかの事態が注目されてきた。しかし、公的な役所、とくに諜報機関は、このゲームが敵対する国の諜報機関に利用されるのではないかと戦々恐々だった。2016年にゲームがリリースされてから8年たち、いまやその懸念が当たっていたのか、あるいは杞憂に過ぎなかったのか、ほぼ明らかになった。


米外交誌フォーリン・ポリシーに11月29日付で、ザック・ドーフマンの「偉大なるポケモンGOが引き起こしたスパイ・パニック」が掲載された。同誌としては異例の長さで、このスマホ・ゲームが情報機関や、その他の公共機関にもたらしたインパクトをレポートしている。ここでは他国との情報戦にかかわる問題だけを取り上げているので、読者は目を通した後に過剰な反応を起こさないように注意されたい。

なぜ、ポケモンGOが情報戦において問題になったかといえば、細かいことを端折って述べると、アメリカの情報部員がポケモンGOにはまってしまい、GPSやその他の個人的情報を盗まれてしまう危険があるのではないかということだった。また、ペンタゴンやCIAの建物が、プレイヤーが集まってくる「ポケストップ」になると、トラブルが発生するのではないかとの懸念もあった。そしてまた、施設内の秘密施設がプレイヤーとなった情報部員によって、意図せずに漏洩あるいは盗聴されてしまう危険があるとされたことだった。


そこでフォーリン・ポリシー誌は早くからアメリカの公的機関に取材を始め、機関の職員たちからさまざまなコメントを得てきた。たとえば、ボスニアの地雷原でプレイヤーがポケモンを探しているというような、信じられない事件が次々と起こったのだから、外交誌としては、何か信じられないことが起こっているのではないか、と思っても不思議ではなかった。

この地雷原についてはポケモン社の法律顧問ドン・マクゴーワンが、国防総省の役人に会いに行き、彼らから「地雷のGPS座標を記した紙切れをもらった」。もちろん、その情報はポケモンGOの発売元であるナイアンテック社に渡されて、世界中の地雷原をゲームの対象地域とならないための操作を行うのに役立ったという。地雷原ではないにしても、世界各地でかなり危険な地域は、ゲーム対象から外されていったことは、よく知られている。


また、こうした事態を見ていた少なからざる国家の情報機関や安全保障当局は、国内でのポケモンGOのプレイを法律的に禁じたところもあった。たとえば、インドネシアやエジプトでは「このゲームはスパイの営為」だと非難し、ロシアにいたっては「CIAの道具」と呼び、果ては「悪魔主義のエージェント」とまで忌み嫌ったという。

アメリカは自由経済の国だから、ともかく有望なビジネスならば違法かどうかなどは、最初はうるさくいわない。そのお陰もあってか、国内にスマホをもってうろうろ歩く若者たちが溢れたが、公的場所が次々とポケストップになって、なかにはかなりの重要度の高い場所にもプレイヤーが集まるようになってしまう。そこで国防総省は職員にいつどこでプレイするか、適切な判断をすること、また、機密施設の近くでポケモンを追いかけるのをやめるように要請したという。


他にもCIAやNSA(国家安全保障局)がもってまわった言い方で職員の注意を促し、また、原子力施設などを抱えるエネルギー省なども同じような要請を職員に対して行ったという。私はこうした注意深さは当然あってしかるべきだと思うし、また、日本での同様の現象についても、交通事故を起こしたポケモンGOプレイヤーの失態にかんして、単なる自己責任の問題に解消する議論には、組みしようとは思わなかった。

しかし、この8年の間のさまざまな検証によって、どうやらアメリカ国内でポケモンGOを悪用した外国の情報部員は見つかっていないし、また、その可能性もきわめて低いと、いまでは思われていると同誌は述べている。スパイ行為に使えないことはないが、わざわざゲームを通じてやる必要はどこにもないのだ。たとえば、秘密施設にいつの間にかポケストップができたりしたことはあったが、これは外部の諜報部員がスパイしたのではなく、実は内部のポケモンGOプレイヤーが、ひそかにGPS情報付きの写真を撮ってしまったことから生じたことも分かったという。


最近ではポケモンGOではなくTikTokなどのデジタルプラットホームのほうが危険度は高いとされたこともあって、一時的に盛り上がったポケモンGOへの警戒は薄れているようである。長いこのレポートの締めくくりは次のようなものだ。「このゲームが米国の安全保障にとって新しい防諜上の課題を提示したとしても、それはゲーム開発者の意図したことではなかった。よくもわるくも、携帯電話はすでにわれわれの現実である。そして少なくとも、しばらくの間、世界中の何億もの人に、ポケモンGOは現実に活気を与え、魅了したことは間違いない」。

この最後の締めくくりは、ちょっと楽観的にすぎると思われる。たしかに、いまやポケモンGOに類似したゲームが登場しても、防諜上の問題が起こったとは聞いたことがない。防衛上はゲームに便乗して何かするには、あまりにまどろっこしいからだ。しかし、まさに携帯電話がわれわれに突き付けている「現実」こそ、いまや日本でも新しい犯罪を生み出し、市民生活を揺るがしているではないか。そしてまた、いまは笑い話となった現実と融合したゲームが、思いもよらない犯罪を生み出す日が来ないと言い切ることはできない。