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東谷暁による「事件」に対する解釈論

イスラエルは中東に秩序をもたらすのか;ハマス、ヒズボラ、イランに勝利した後に来る危機

ハマスを掃討し、ヒズボラに多大な損害を与え、イランにも核施設の一部に打撃を与えたことで、イスラエルは中東において存在感をさらに増強している。では、イスラエルはこの地域の「大国」となって君臨していくのか。それとも中期的にはアラブ勢力の反発を受けて窮地に陥る危険を抱えるようになったのか。それは今回の一連の軍事行動と、イスラエルが展開する外交とのバランスにかかっている。


英経済紙ウォールストリート・ジャーナル12月26日付は「イスラエルの軍事的成功が外交的後退をもたらす」とのタイトルの記事を掲載した。興味深いのは、この記事にアクセスすると画面には「イスラエルは戦争の果てに中東を立て直すチャンスを見出した」とのタイトルの記事が出てくる。つまり、どちらかといえば、イスラエルの軍事行動が、同国にとっての勢力拡大につながりそうだとのニュアンスのほうが強い記事なのである。

しかし、それなりに肯定的な見解と懐疑的な見解の両方を紹介しているので、いまの状況を簡単に把握するには役に立つかもしれない。イスラエルを中心とする中東地域では、同国によるハマス制圧、ヒズボラ撃破、そしてイランへの報復によって、勢力の構図が大きく変化をきたし、それがシリアのアサド政権崩壊につながったことは間違いない。この変化によってイランは代理戦争の継続に支障が生まれたらしく、いまのところ沈黙を続けている


まず、いまの状況を肯定的に受け止めている見解から見てみよう。イスラエル国安全保障会議の元上級理事で現在は政治コンサルタント会社マインド・イスラエルの社長アブデル・ゴロフは、「シオニズムの歴史上はじめて、イスラエルが地域の大国となる大きなチャンスが訪れた」と語っている。やや、楽観的で手放しの新時代到来論だが、もちろん、それにはいくつかのハードルを超えなくてはならない。

イスラエルの現職およびOBの高官たちは、サウジアラビアも巻き込んだイランを牽制するイスラエル、米国、穏健派アラブ諸国からなる同盟の構築を積極的になる必要があると指摘している。その意味では、アメリカ大統領選でドナルド・トランプが再選したことは大きかった。イスラエル国連大使ダニー・ダノンは、この1年で同国が示した実行力の強さが「地域の安定につながることを期待している」と語っている。


もちろん、難しい問題もひかえている。たとえば、ガザ地区を占領してはみても、パレスチナ人をどうするかという方針はまだあいまいだ。イスラエル現政権の宗教的右派たちは、ガザ地区ヨルダン川西岸地区も同国が統合できると解釈しているが、前出のゴロフなどはパレスチナ人たちに両地区をどうするかのロードマップを提示することが必要だと考えているという。

しかし、肝心のネタニヤフ首相はいまのところ政権内右派を刺激する気はないようだ。それどころか、ネタニヤフは最近のウォールストリート紙のインタビューで、ガザ地区ハマスが拘束されている人質を解放させれば、サウジアラビアとの中断していた国交回復も可能だと考えているらしい。この交渉は実現一歩手前まで来ていたが、ハマスの急襲に続くイスラエルガザ地区攻撃が始まったことで中断していた。


イスラエル寄りの見解の多くは、同国が示した軍事的優越性と、その圧倒的な成果を高く評価するものだ。「しかし、イスラエルの軍事成果が自国や地域の安全が増したという見解に同意しているわけではない。それどころか、戦争によって生み出したいまの成果が、逆にイスラエルにとって高くつくものになると見ている専門家たちも存在する」。

ワシントンにあるシンクタンク、アラブ湾岸諸国研究所の上級研究員フセイン・イビッシュは、ガザ地区での惨状がテレビで報道されることで、イスラエルと近隣諸国との将来の紛争の種は多く撒かれてしまったと指摘する。さらに、イスラエルの軍事的勝利によって、レバノン、シリア、ガザ地区との国境地帯や、ヨルダン川西岸地区に派遣している兵力は、これからますます増強せざるを得なくなったとも考えている。


また、同じくワシントンのシンクタンク、アトランティック・カウンシルのウイリアム・ウェクスラーは、いまや中東全域および発展途上国の多くに、イスラエルとの交流をタブー視する雰囲気が生まれ、これが将来的に平和の阻害要因となると見ている。こうした見方は必ずしもデータ的に基礎づけられたものではないが、あれほど悲惨で無慈悲な攻撃が、何の恐怖も嫌悪も生まなかったと考えることは難しいだろう。

そのいっぽうで、なおもウォールストリート紙は、この1年ほどのイスラエルの軍事行動が成功したことを重く見るものを追加で紹介している。たとえば、元駐米イスラエル大使のイタマール・ラビノビッチは、「イスラエルが米国から無制限の支援を受けているのは、ハマスヒズボラの攻撃に対応する必要があるからだけでなく、米国自身の重要な利害がイスラエルの存続にかかっているという認識があるからだ」と指摘する。アメリカの支援は決定的であり、しかも、これからも続くというわけだ。


さらに、イスラエルの作家で哲学者のミカ・グッドマンは今回の一連の軍事行動の成否は「外交上の損失が大きくなるまえに、どこまで軍事上の成果をあげられるか」にかかっていたが、それは成功裏に達成されたという。「抑止力を回復させる必要があった。そして抑止力を回復するには、われわれの正当性を一時は低下させる必要が生まれた。イスラエルはそれをうまくやり遂げたと思う」。

イスラエルが本当にうまくやったかどうかは、いまの時点では分からない。なぜなら、この国をとりまく国がすべて、イスラエルの軍門にひれ伏したわけではないし、また、イスラエルが「大イスラエル帝国」を完成させたわけではないからだ。やはり大きいのはアメリカがどこまで支持するかだろう。その意味では、イランがロシアとの関係を深めて、いまの中東情勢が「世界戦争」の様相をとることのほうが、いまの状態ではイスラエルには有利になるというパラドックスが生まれてしまっている。