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東谷暁による「事件」に対する解釈論

オンライン詐欺が世界で急拡大している;数カ月かけて信頼させ最後の1滴まで搾り取る

世界中にインターネットを利用した詐欺が蔓延している。それも組織的なもので、司令塔となっている本部は、新興国の政府を動かすほどの資金力をもっているといわれる。日本でもアジアの新興国に本部のある犯罪組織に使嗾されて、強盗殺人を犯す若者たちが登場して話題になったが、オンライン詐欺はもっと巧妙で、手にしている獲物も大きいようだ。ここで紹介するのは英経済誌ジ・エコノミスト2月6日付に載ったケースとその解説だが、世界で広がるオンライン詐欺のほんの一部の紹介にすぎない。

オンライン詐欺の知識があっても自分が「豚」にされたことに気がつかない

 

カナダのソフトウェア会社で働いているエドガーは、SNSで知り合ったリタとチャットを楽しんでいた。彼女はシンガポール出身で大手コンサルタント会社社員だという話だった。何か月もの親しいチャット交換の後、リタがエドガーに儲かる仮想通貨の取引を提案してくれた。エドガーは喜んで投資し、かなりの利益を出した。そこで彼は投資額を急増したところ、現金化できないことに気が付いた。その仮想通貨の取引サイトは偽物で、彼は78000ドルを失った。警察が調べてみるとリタは人身売買されたフィリピン人であり、この時点でミャンマーの監獄に監禁されていることが分かったという。

エドガーとリタは立場が異なるが、ともに「豚の屠畜」といわれる詐欺師集団の被害者だった。いまや「豚の屠畜」は推定で年間5000億ドルを詐取する、世界的大産業へと発展している。「豚の屠畜」とは中国の詐欺師たちの俗語で、彼らは偽ソーシャルメディアのプロフィールを使って「豚小屋」を作る。次に、ターゲットを特定して犠牲者となる「豚」を選び、数週間あるいは数カ月かけて信頼関係を築き、投資するようにそそのかして、ターゲットだけでなく彼の家族や友人から、彼らの血(金)を「最後の一滴まで」搾り取るわけである。これは「豚肉処理」と言われるらしい。

世界中に散在するオンライン詐欺の拠点


この種のオンライン詐欺(ネット詐欺)は、世界中で急速に成長している。同誌によれば、シンガポールでは詐欺がいちばん件数の多い重罪となっている。国連のデータでは、2023年にはカンボジアミャンマーでこの業界が25万人弱の「雇用」を提供しているという。その拠点は「詐欺団地」とか「詐欺工場」と呼ばれている。この数字は控えめなもので、150万人というデータもある。同誌のリポートでは、前出のケースにとどまらず、ミネソタ州のケースではある男性が920万ドルを失い、カンザス州の地方銀行のCEOなどは、オンライン詐欺についての知識は十分にあったのに、騙されて4700万ドルを仮想通貨に投資したあげく破綻した事例など、まさに枚挙にいとまがないほどだ。

同誌によれば、「すでにオンライン詐欺は違法薬物犯罪に匹敵する規模となったが、多くの点で違法薬物より悪質」だという。その理由の第一は、「日常生活を送っている人も潜在的な詐欺のターゲットになりうる」ことだという。同誌のリポートによれば、被害者のなかには神経科学の博士号を持っている人や、詐欺を阻止するのが仕事のFBI捜査官の家族もいる。詐欺師たちが使う「操作マニュアル」には、リタのような若者がターゲットとなった人間の感情を煽って操作するテクニックが書いてある。詐欺地たちは、ターゲットたちの恐怖、孤独、貪欲、悲しみ、退屈などすべての感情を利用するのである。

オンライン詐欺の拠点では常にイノベーションがなされている


オンライン詐欺が麻薬より悪い第二の理由は「この産業がしばしば法律のおよばないところで行われる」ことだという。前出の「豚の屠畜」の「小屋」は、刑務所と昔ながらの企業城下町を合わせたような場所であり、スーパーマーケット、売春宿、賭博場、そして言うことをきかない労働者の拷問所も備えている。利益の一部は政治家や役人たちを買収するために使われ、政治的かつ行政的に保護されている。


そして最後、第三の理由は「オンライン詐欺が、イノベーションに優れている」ことだというのである。詐欺師たちは高度なソフトウェアを使用しており、被害者となる人間から秘密データを集めている。仮想通貨によって詐欺地たちはお金をすばやく匿名で現実世界に持ち込むことができる。アメリカの仮想通貨規制の緩和は、この優位性をさらに強化するだろう。そしてAIはこうした技術革新を加速してゆく。たとえば、いまや15秒の会話の録音だけで、なりすましの声を作ることが可能なのだ。

「オンライン詐欺と戦うには、当局は独自のネットワークを構築する必要があるだろう。銀行、仮想通貨取引所インターネットプロバイダー、通信会社、ソーシャルメディアプラットフォーム、電子取引会社などなどと密接に協力してゆかねばならない。シンガポールは、詐欺師たちが口座間で略奪品を移動するさいに、警察、銀行、電子取引会社が即座に資金を追跡するとともに、凍結できるセンターを設置したという」

いちばん危ないのが、あなたなのだ!


さらに同誌は、アメリカと中国とがこの分野で協力することを提案しているが、残念ながらトランプの独裁国と習近平の独裁国では、その理由はちがっていても、こうした健全な方向での建設的な協調行動はとても無理だろう。同じ独裁でも、仮想通貨をさらに規制緩和するアメリカと、汚職も政治的に利用する中国では、ネット犯罪が放置される可能性のほうが高いのではないのか。それに、シンガポールはインターネットが登場してきたときから規制してきた人工的な都市国家である。これも日本とは条件が違いすぎる。日本にできるのは、せめて国内の規制は強化して、あとはシンガポールには及ばないものの、日本的なサイバー水際作戦でやっていくしかない。個人のレベルでは「自分は違う」と思わないことだ。