世界一の大富豪イーロン・マスクが、トランプ政権の政府効率化省(DOGE)のリーダーになって、毎日、派手なパフォーマンスを繰り広げながら、財政支出を削減していることは世界的に知られている。しかし、世界一のビジネスマンを続けながらの忙しさなかで、政府の要職をになってその役割を、完全にまっとうできるものなのだろうか。さらに、アメリカの財政制度は国会で新しい法律を作らないでも、それを簡単に許すようにできているのだろうか。どうも、違うのではないか。

いかにイーロン・マスクがスーパーマンであっても、複雑な怪物のような財政を相手に、そう簡単に勝てないのではないか。この素朴で単純な疑問を、例によって数字とグラフで検討してくれているのが英経済誌ジ・エコノミスト2月12日に掲載された「イーロン・マスクはアメリカの支出削減に失敗しつつある」である。結論からいうと、とても無理だといえるようだ。なぜなら、もう前哨戦で勝負がほぼついてしまったからだ。
まず、今時点での数字を見てみよう。米財務省は主要預金口座からの現金引き出しの詳細を公表している。その数値で明らかなのは、トランプが大統領に就任してから3週間の時点での支出は1日平均約300億ドル、同じ時期のバイデン政権のときは約260億ドルで、なんだ、増えているじゃないか! マスクはDOGEが1日につき約10億ドル節約していると言っているのに、これはどうしたことだろうか?

ジ・エコノミスト誌も馬鹿じゃないので、ちゃんと「こうした比較は完璧からは程遠い」と断っているが、それに、トランプ第二期政権も始まったばかりではないか。しかし、ここにあげたグラフを見ると、ある種の感動をせずにはいられない。バイデン政権もトランプ政権も、折れ線グラフでみるとほぼ同じ形をしめしており、しかも、その数値についてはイーロンが頑張っているはずのトランプ政権のほうが上位にあるのだ。「マスクの宣言と現実の支出とのギャップは、彼が直面している問題の困難さを示している。マスクは連邦政府のために年間2兆ドル以上の削減をすると約束したが、それに近づくことすら難しいだろう」。
なぜ、こんなことが起こっているのか。ジ・エコノミストはちゃんとその理由を、財政制度というものの構造に見ている。ここらへん、実にフェアといえよう。政府は今年7兆ドルの支出を見込んでいる。その約3分の2近くは社会保障と健康保険の義務的(つまり、ちょっとやさっとでは変えられない)支出だ。また、財政赤字のための利払いが全体の10%以上を占めている。ということは、残りは予算の4分の1で、これが裁量的支出に充てられる。マスクが理論上は自由にできるのはこの部分なのだが、その半分は防衛費に使われ、しかも共和党はこの分野には積極的ときている。となれば、DOGEがシャカリキになっても、その活動の対象は全体の約10分の1に限定されてしまうのである。

ジ・エコノミストより
それでもマスクは不正や無駄は大きいから、ここらあたりで支出削減ができると思っていたのかもしれない。では、それはどれくらいあるのか。政府監査院によれば近年の不正による損失は年間2330億~5210億ドル。これをすべてなくしたとしても、マスクの目的にはまだまだ道は遥かである。さらにマスクは民主党政権が積極的だった「多様性、公平性、包摂性、受容性」の分野への支出は削減できると考えていて、これが最近話題になっているUSAIDなどの廃止につながったわけだ。しかし、これも節約総額で年間約450億ドル、連邦政府支出の0.6%に満たない。
もちろん、同誌はDOGEなんか大したことはないと言っているのではない。マスクの掛け声の下、トランプによる大統領令をつかって、大勢の公務員やその他の職員のクビを斬っている。トランプ支持者、イーロン・マスクのファンからすれば、素晴らしい成果と感じられることだろう。同記事の結論部分。「しかし、DOGEの中心的使命は経費の節約であって、マスクは『連邦政府の経費節減はまったなし、必須の事項だ』と2月11日に述べている。しかし、それを数字で検証していけば、彼の目標は悲惨なほど達成不可能である」。