トランプ米大統領がウクライナのゼレンスキー大統領を「独裁者」と呼んで批判したことが世界中で報じられている。来るとこまで来たという感じだが、これでウクライナ和平のペースは低下するという説は、かならずしも正しくない。ロシアのプーチン大統領が有利になったことは正しいが、和平の速度はアメリカがウクライナを「どこまで安く売るか」にかかっている。ゼレンスキーがまだ大統領にもなっていなかったトランプに、支援の条件として自国の資源の権益を渡す話を持ち込んだ時点で、すでに勝負あったということだろう。

英経済紙フィナンシャルタイムズ2月20日付の「トランプはウクライナとの亀裂が深まるなか、ゼレンスキーを『独裁者』と呼んだ」は、トランプが自分のプラットフォーム「トゥルース・ソーシャル」で、ゼレンスキーからの批判(トランプは偽情報のなかで暮らしているとの批判)に対し、「選挙をへていない独裁者であるゼレンスキーは、早く行動したほうがいい。さもないと国は残らないだろう」と書いたと報じている。
しかし、この事態は二人の罵り合いのお陰で「装飾」がはがれて「現実」が露呈しただけのことで、いまさら驚くことでも何でもない。トランプがいっている「そこそこ成功したコメディアン」が「アメリカに勝てない戦争に3500億ドルを費やさせた」といっているのもその通りで、そんなことはバイデン前米大統領だってわかっていた。バイデンはロシアがウクライナ侵攻を企てる前年、黒海で友好国を41カ国参加させた大演習を展開して、ロシアを牽制して閉じ込めたつもりだったが、ロシアのプーチンとしては「これで(侵略の口実ができたので)ウクライナはもらった」と思っただろう。

この時点で、ウクライナの喜劇俳優出身の大統領の支持率は20%台まで転落していたのだが、戦争が始まってウクライナを守る英雄を演じることで、リヴィウ周辺以外の全土からの支持を得た。そもそもゼレンスキーは親ロシア地域の出身であり、母語はロシア語。本格デビューもモスクワのテレビだった。すでにリヴィウの親西側勢力による「マイダン革命」でロシア系住民が国外脱出するなかで、彼らを引き留めるかたちで選挙戦をたたかい大統領となったわけである。「自分がロシア語でプーチンと語り合えば国境地帯に平和がくる」とアッピールしたのだ。
しかし、当然のことながらプーチンはウクライナがNATOに入ってしまうことに恐怖を覚えていたので、ロシア系のウクライナ大統領は歓迎したが、国境地帯どころかウクライナ全体をロシア勢力圏に引き戻すのが課題だった。ちゃらちゃらした喜劇役者ではなく、もっと「ウクライナのしもべ」ではなく「自分のしもべ」のような傀儡大統領が欲しかった。侵攻すればゼレンスキーは逃げ出すと思っていたのだろう。ここらへんはプーチン側の大きな誤算だった。

プーチンが侵攻することは、当時のバイデン政権はかなり早くから分かっていた。そこでゼレンスキーに何度も警告したのだが、ゼレンスキーは「ダイジョウブ」と言って本気にしなかった。自分はロシア系大統領が売物だったから、プーチンがそこまでやるとは思っていなかったらしい。しかし、侵攻の前日になって、もう誰の目にも明らかになってから、ゼレンスキーからバイデンに電話が入った。それは英語で「アイ・ニード・ユー、アイ・ニード・ユー」の繰り返しだった、バイデンは頭が切れそうになったが支援を決定した。ここらへんは、侵攻後にワシントンポスト紙が掲載した長いレポートに書いてあることだ。

ようやくこれから、トランプとゼレンスキーが決裂したお陰で、ウクライナ戦争のリアリティが明らかになっていくだろう。そのリアリティが不明瞭なままに、アメリカは3500億ドル費やしたとトランプはいうのだろうが、もっと悲惨なのはウクライナとロシア、さらには北朝鮮などの外国から投入された兵士たちの命、戦火にまきこまれたウクライナ一般住人たちの命だろう。これまでのゼレンスキー像は急速に腐食していくことになる。次の話題は、いつ、どこに、ゼレンスキーが亡命するかになるだろう。