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東谷暁による「事件」に対する解釈論

戦死者はロシアが多いのになぜウクライナが負けるのか;戦争とは何のために行うのか改めて考えるべきだ

トランプ米大統領は、あわただしくウクライナに停戦を押し付けようとしている。また、ウクライナの鉱物資源の権利譲渡をもちかけて、停戦を推進するように促したのは、誰あろうゼレンスキー大統領だったことは明らかだ。しかし、これまでのロシア・ウクライナ戦争を振り返れば、死傷者が多いのはロシアのほうで、死者もロシアのほうが圧倒的に多い。英経済誌ジ・エコノミストは、ウクライナが交渉において、劣勢にあるのはおかしいとデータを挙げつつ指摘している。本当にそうなのだろうか。


ロシア軍が戦争において愚直といってよいほど、死傷者が大量に出ても攻撃をやめないのは、歴史的に知られてきた。ナポレオン戦争でも敗走したフランス軍と同じくらいの犠牲を払っている。また、日露戦争などでも日本軍の損害も大きかったので目立たないが、たとえば旅順をめぐる激戦では、兵士の損耗率が高いのはロシアのほうだった。また、スターリングラードの戦いでも、ドイツ軍を市街戦に引き付けておくためには、武器を持たない兵士すら戦場に駆り立てて戦わせたというのは本当の話である。そのため、今度の戦争においてもロシアの死傷者は多くても、専門家たちにとってロシア軍としてきわめて異常なものとは映らなかった側面がある。では、ジ・エコノミスト誌はどこが異常だというのか。

例によって同誌は、徹底的にデータを集めて、それを集約してグラフ化する方法をとっていて、次のように述べている。「このロシアによる侵攻は、人命の多大な犠牲を払っている。新たな死者数の推定によれば、戦闘は年を追うごとに死亡率が高くなっている。以下のグラフは、情報機関、国防当局、独立系の研究者、オープンソースの情報源から得た、最新の数字を用いてある」。


最初のグラフ①は、ウクライナ側の死傷者の推定値を集約したものだ。ウェッブサイト「UAlosses」のデータによれば、2022年にロシアが本格的な侵攻を開始して以来、少なくとも6万5000人のウクライナ兵士が戦死している。また、研究者たちのサーベイによって、さらに5万5000人が戦闘中に行方不明になっていることも明らかになり、死者数は12万人に達している可能性もあるとされている。いっぽう、ウクライナの情報機関によれば死者数は7万人から8万人とされ、ここには民間人の死者数万人が入っていない。


しかし、目をロシアに転じると、ロシアの死者数ははるかに多い(グラフ②)。BBCロシアは今年2月の時点でロシア兵は15万人から21万人が死亡したと推定している。また、ロンドンに拠点をおくシンクタンク「国際戦略研究所」によれば、今年1月初旬で少なくとも17万2000人の兵士が死亡したと見積もっている。ロシアの独立系メディアであるメディアゾーナとメドゥーサは、2024年までに16万人から16万5000人と予測している。


両社は、相続記録やその他のデータを基にして、この数値を算出しており、さらに週ごとの死者数データも公開している(グラフ③)。これらのデータを集約すると、ロシアの死者数は2022年の約2万人から、2023年の約5万人に増え、さらに2024年には約10万人へと急増していることが分かる。「これはロシアに規模の優位性があるにもかかわらず、これらの数値は過去3年間に20歳~49歳の男性の約30人に1人が死亡または負傷したことになると示唆している」。

ところで、こうした数値よりもっとすごい数値が、アメリカ政府から発表されている。ほかでもないトランプ大統領の発言だ。「ロシア兵士約100万人が死亡、ウクライナ兵士70万人が亡くなったというデータがある。たしかにロシアは国が大きく、兵士を失う数も多いが、こんなやり方で国を運営することはできない」というものだが、元NATO当局者の専門家は「こんなのは、トランプの他の発言同様、信用できない」と指摘しているという。これはそのとおりであることは、圧倒的多数の人が同意するだろうと思う。


ジ・エコノミスト誌がもっと強調したいのは、ロシア人がこれほど死んでいるのに、その効果はあがっていないということだろう。たとえば、急激にロシア兵の死者が増えているのに、占領できているウクライナ領土は増えていないとなればどうだろうか。同誌の計算によれば、ロシアは2024年にウクライナ領土のわずか0.57%しか占領できていない(グラフ④)。「このペースだと、ロシア軍が国土全体を征服するには141年かかることになる」。そして、次のように結論づけている。

ウクライナがこの戦争に負けているわけではないことは明らかだ。トランプがゼレンスキーにどれほど圧力をかけても、ゼレンスキーは自国を混沌とした悲惨な未来へと導く『カルタゴの平和』(一時的な平和を意味する)あるいは新たな侵略への扉を開く和平を受け入れるつもりはないだろう」。

この記事を書いた人の気持ちは痛いほど分かる。しかし、まず、鉱物資源協定を最初に持ち掛けたのはゼレンスキー大統領のほうだったことを忘れている。ある国家が戦争において劣勢になって和平を考えて、第三国へ仲介を持ち込む理由は、もちろんさまざまあるだろう。日露戦争のように陸戦および海戦で派手な勝利を得たところで、長期戦になるまえにアメリカを頼った国もある。そして、それが可能だったのは、日本がこれ以上戦うことはできないと判断できる人たちがいたからで、その人たちが政府中枢を動かすことができたからだ。そしてまた、セオドア・ルーズベルト米大統領は、この時点でロシアに貸しをつくり、大嫌いな日本人に恩を着せるのも悪くないと判断したからだ。


しかし、いまのウクライナが苦しいのは、ロシアのほうがたとえ戦死者が多くとも国土はほとんど損傷していないのに比べて、自国が大きい被害を受けてしまっていることである。また、死者数で見れば善戦かもしれないが、あまりに多くの脱出者のためもあって、新たに戦場に投入する兵士の供給ができそうになくなっているからだ。そしてさらに、ウクライナはどこかの国のように、勝てないなら自殺的行為も辞さないという国民の数がそれほど多くはないからだろう。しかし、そもそも近代戦争というのは陣取りゲームでもなければ殺害者数の競い合いでもない。

基本に戻って考えてみよう。「戦争は相手の意志をこちらの都合に合わせて変えさせるためにやる」というのが本当ならば、プーチンが依然として優位にあることは間違いない。プーチンがヨーロッパにまたがる大ロシア帝国を建設するために、ウクライナをまず手始めに侵攻したわけではないことも、本当はゼレンスキーにも分かっている。そうでなければ、資源の権利をトランプにくれてやれば、一時的にせよ停戦が可能になるかもしれないと、いちかばちかの賭けに出るはずはないだろう。

プーチンの戦争目的は、「ウクライナNATOに加わらせない」というのが中心であり、その保証の度合いがかつての「ウクライナの中立」から、いまや「ウクライナベラルーシなみの属国にする」ことにシフトしてしまっている可能性は高い。ゼレンスキーはアメリカを後ろ立てにして、自分の地位の保全を図ろうとしたのではないか。しかし、いまのところプーチンに「戦死者を(人口比率で)ウクライナ程度まで減らす」という選択肢は、まるでないといってよいだろう。