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東谷暁による「事件」に対する解釈論

トランプが「ディール」でごまかす対中国外交;実は米国には台湾侵攻を抑えられない

トランプが展開している外交に、はたして何らかの戦略といえるものがあるのだろうか。とくに、中国に対しては対話を呼びかけるいっぽうで、とてつもない関税をかけて威嚇している。それがトランプのいう「ディール(取引)」であるように見える人もいるのかもしれないが、台湾問題についてはすでに決定的なミスをしているとの指摘もある。ここでは歴史家で政治経済についての分析家でもあるニアル・ファーガソンの考察を基に考えてみたい。


「“戦略的曖昧さ”は、1970年以来、アメリカの台湾政策にとって鍵となってきた。中国が台湾は中華人民共和国の一部であるという主張を強めた場合、アメリカ政府が台湾防衛に乗り出す保証は何もない。なぜなら、アメリカが日本、フィリピン、韓国と結んでいるような、条約上の義務はないからだ。トランプ政権は、いまは中国に対して、タカ派ハト派が混在するという曖昧な戦略をとっている。しかし、私たちにとってこうした時代は過去のものとなろうとしている」

英紙ザ・タイムズ3月28日付はニアル・ファーガソンの「トランプは中国に対して何をしているのか、本人は分かっているのか」を掲載した。上の引用はその結論部分の一部だ。ファーガソンは英国出身で今はアメリカの歴史家。若い頃、英帝国を金融から分析した『ロスチャイルドの家』で注目された。さらに『帝国』で英帝国と米帝国との連続性を「アングローバリズム」と呼んで詳細に検証し、イラク戦争にさいしては『コロッサス』でアメリカの派兵数が少なすぎるので失敗すると予言して話題になった。他にも『二つの大戦』や『キッシンジャー伝』などがある。


そのファーガソンが台湾問題を論じているわけだが、トランプはホワイトハウスへの復帰前には激しく中国を批判し、復帰後にも中国に対する部署には強硬派の政権幹部を任命した。「ところがトランプ自身は再選以来、逆の戦略を追求しているように見える」というのである。自分の大統領就任式に習近平を招待し、それは実現しなかったが直後の習との電話会談で「我々が多くの問題をともに、そしてすぐにでも解決できると期待している」と述べた。

さらに、TikTokへの裁判所の判断を却下して執行猶予を与え、「習近平はそう遠くない将来にアメリカに来る」と発言した。しかも、ファーガソンによれば、元顧問や周辺の何人かは、トランプは貿易、投資、軍縮を網羅する幅広い合意を、習近平と結びたがっていると見ているという。トランプは「私は習主席と素晴らしい関係を築いている」と記者団に語り、「彼とはすばらしい関係を築いているので、中国にはアメリカに来て投資してもらいたい」とも述べている。


たしかに、トランプ政権のなかで対中国宥和が試みられていることは確かだ。トランプが国防総省のナンバー3に任命したエルブリッジ・コルビーは、最近の著作『否認の戦略』のなかで、台湾の自治権アメリカにとって「存在にかかわる利益」ではないと述べている。また、国務省広報外交担当暫定次官のダレン・ビーティは、「現実には、台湾は最終的に必然的に中国に吸収されるだろう」とまで書いている。台湾など言われているほど重要ではなく、必ずしもいらないというわけである。

トランプ政権内に見られる意外とも思われる対中国宥和姿勢あるいは弱腰は、「すべて、恐怖という単純な説明がある」とファーガソンは指摘している。たとえば、国防長官に任命される前のピート・ヘグゼスは「国防総省の中国に対する軍事演習では、アメリカは中国に負けることが常なのだ」と発言し、「中国はアメリカを倒すことに特化した軍隊を編成している。中国の極超音速ミサイル15発で、紛争開始から20分内にアメリカ海軍の10隻の空母を撃破できる」とまでその脅威を語っている。


「悪いニュースとしては、戦略国際問題研究所(CSIS)が2023年に実施した約20回の戦争シミュレーションで、『アメリカは紛争の3週間で通常5000発以上の長距離ミサイルを消費』してしまい、『最初の1週間以内に』長距離対艦ミサイルの在庫をすべて使い果たしたことだ。台湾の防衛と日本の支援が堅固であることが保障されていれば、この戦争に勝つことができるかもしれないが、驚くほど高い代償を払わなければならないのだ」

そしてもっと悪いことに、中国はこうしたアメリカの宥和策にはまったく興味を示していないことだとファーガソンはいう。いま中国はアメリカの関税その他の経済政策に対して、自国の関税や輸出制限で応じている。カナダやメキシコとは異なり、中国はまったくトランプに譲歩する気はないことを示唆しているのだ。「中国の王毅外相は、北京はワシントンからの恣意的な圧力に対して対抗措置を取るとのべ、『どの国も、中国を抑圧しながら、中国と良好な関係を維持できると夢想すべきでない』と記者会見で宣言した。そして、『このような二枚舌行為は、二国間関係の安定や相互信頼の構築にはよくない』と付け加えている」。


見え見えのトランプによるディール外交に対して、中国の王毅はぴしゃりと本質を突いた反論をしているわけで、これではトランプは立つ瀬がないようなものだ。しかし、そうしたニュースは世界であまり流れていないので、アメリカ国内でも中国の脅威と宥和が本気で受け止められているとは思えない。ファーガソンは、トランプ政権におけるいまの対中国外交の関係者には、実は、中国に対する根拠のない楽観があるのではないかと疑い、そして憂慮している。そこでダメ押し的にファーガソンが挙げるのが、中国の軍事力の著しい増強であって、とくに宇宙空間でのスターウォーズにかんするパワーをはじめとする、近年の優位分野の指摘である。

「中国は490基の情報収集・監視・偵察衛星保有している。無数のドローンも保有している。そして同等のアメリカの兵器よりも平均射程距離の長い極超音速ミサイル、弾道ミサイル、巡行ミサイルなど数千発のミサイルを保持している」。もちろん、潜水艦や空母などアメリカ優位の分野もある。しかし、「問題は中国(およびロシア)の対衛星兵器がアメリカ軍が依存するネットワークを破壊すれば、これらすべての優位性が完全に打ち消される可能性があることだ」。


したがって、習近平が台湾侵攻に賭けることを決断した場合、孤立したアメリカが非常に弱い立場に立たされる危険がある。CIAは2年前に、習近平が中国の国防のトップたちに2027年までに、戦争に備えるように命じたと結論づけている。英国や欧州の指導者たちはウクライナ問題に忙殺されているので気がつかないが、トランプは本気で緊張緩和戦略が機能することを望んでいる。「なぜなら、アメリカが24カ月ほどで広大なインド・太平洋地域で抑止力を再確立しようとしても、十分な速さで再軍備することができないからだ」。

ここらへんがファーガソンがいちばん指摘した点と考えてよいだろう。曖昧戦略をとっているように見えるワシントンなのだが、その背景を見て行けば強気に押していけるほどの軍事力は、当面、アメリカには実はないということである。彼が述べているもうひとつの論点は、台湾の半導体問題をトランプ政権の内部の何人かのように、軽視すべきではないということだろう。ファーガソンは「台湾は(ケネディ政権が影響力を維持しようとした)キューバなどより、100倍も重要だ。何故なら台湾は世界で最も先進的な半導体のほとんどが、ここで製造されているからである」と強調している。それが中国の支配するものとなったときの、アメリカの損失は大きいだろうというわけである。


ファーガソンがこの論文で述べているような内容の講演をすると決まって「それで、トランプ政権はタカ派になるのでしょうか、それともハト派なのでしょうか」という質問を受けるという。ファーガソンは「マイク・ウォルツ大統領補佐官たちのチャットグループに参加できるまで確かなことは言えない」と答えると書いているが、これなど誤解を受けやすい冗談だといえる。アメリカはタカ派になりたくても、その準備が十分ではないのだというのが、ファーガソン論文を読んだときの本当の答えだろう。だからこそ、ディールの帝王トランプは、中国の王毅外相に「二枚舌」と批判かつ軽蔑されながらも、当面は曖昧に対処するしか方法がないのである。