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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ロシアの地方経済は戦争景気に沸いている;西側の経済制裁は逆効果ではないのか?

世界中から経済制裁を受けているのだから、ロシアの経済はボロボロだろうと、単純に考えている人は減ったようだ。しかし、同じロシアでも地方の経済はさすがに落ち込んでいるだろうと思うかもしれないが、それがかなり違うのだ。地域によっては逆に停滞していた経済が活性化されたところもある。アメリカの「ラストベルト」のような、かつて繫栄したが現在さびれてしまったロシアの工業地帯でも、ショッピングやスポーツジムが盛況で、生活水準も上がったという報告すらある。なぜなのか?

「ちゃんと、ロシア経済を見て欲しい」


英経済紙フィナンシャルタイムズ3月29日付に「ロシアの戦争経済がラストベルトの復興を促進している」という記事が掲載されている。「ロシアの小売業者は、兵士のボーナスや軍需生産の急増から流出する新たな富をうまく誘導し、国内の旧工業地帯での店舗開設・増設を急いでいる」というのだ。ロシアに経済制裁を課してきた西側諸国が、いまトランプ経済政策の被害者になりつつあるのに、ロシアの地方経済は好調だというわけである。制裁に協力した国ぐには、何だか損ばかりしているような気がしてくるが、もちろん、それは戦場から遠く離れた地域でのことで、いまも戦場では多くの戦死者がでていることを忘れるわけにはいかない。もう少し詳しく見てみよう。

「ロシアの最も経済的に後退していた地域では、各種のショップ、レストラン、スポーツジムのチェーン店が次々と開店している。というのも、こうした地域はプーチン大統領ウクライナ侵攻の継続のために、新兵の募集がさかんになってお金が地域に流れ込んでいるからなのだ。また、ロシアの戦時経済は新たな雇用を創出し、工場労働者の給料を上昇させ、産業の衰退によって貧しくなった町や都市に、前例のない額の資金が注入されていることも大きいわけである」

特に戦争経済が地方経済を活性化させている地域


ドイツ国際安全保障研究所のヤニス・クルーゲは、「戦争はある意味で、大きな平等化の要因となるんです」と説明する。「戦争は、平時には将来の見通しがまるで立たない人たち、高い教育を受けていないために仕事がない人たち、そして繁栄する産業の変化のために生じた取り残された地域に住む人たちに、多額のお金を与えているのです。」。(それなら、アメリカのラストベルトを救うためには、トランプは世界の気に食わない国にアメリカ軍を送り込んで戦争を始めればいいのではないかと思う人もいるかもしれない。しかし、その場合にはラストベルトで軍需産業を新たに始める必要があるだろう。)

フィナンシャル紙の記事では、戦争経済で潤った地域やチェーン店の例がずっと並んでいるが、それは図表で検証していただくことにして(図2)、もうすこし大づかみに、経済全体に現れた数値を紹介してみよう。まず、ロシアの失業率は2021年の同時期の4.3%から2024年の冬には2.4%に低下した。これは中央政府が急成長している国防部門の新たな空席や、軍用の衣類、食料、燃料を製造する補助的な産業施設に資金を投入したためだという。

図1:失業率が急速に低下している


給料も上昇している。労働者が軍隊に入隊したり、徴兵を逃れて海外に逃亡したりしたことによって、すでに逼迫していた労働市場がさらに圧迫され、軍事とは無関係な業種でも給与は急上昇している。これは実例をあげておくと、ロシア中部の間リエル共和国では、新兵の初任給として300万ルーブル(3万5600ドル)を支給せざるをえないが、これは同地域の年間給与の3倍以上である。政府の統計によると、この共和国の名目所得は2021年12月から2024年にかけて80%近く増加した。モスクワではこれが60%上昇にとどまっていることからも、地方の恵まれなかった地域の急変は推測できるだろう。

もちろん、こうした給料の上昇とともに、物価も上昇しているので、せっかく給料が高くなっても支出が増加してしまい、そこに吸収されてしまうという現象が見られるのはどこかの国と同じだ。また、収入が増えても、それが住宅や自動車を買えるほどの上昇ではないので、食料品のクオリティを上げ、外食を増やすなどの贅沢に回る傾向が強いという指摘もある。スポーツジムに通う人が増えたのも同じ理由だ。女性の場合には増えた収入が美容院への支出に向けられ、新しいビューティサロンの繁栄が見られるところもあるらしい。

図2:景気がよくなった地域の伸び具合。2024年と2025年の比較


こうしたロシアの地方経済にとって好ましい傾向は、いまの戦争が終わってしまえば、あとかたもなく消えてしまうのではないだろうか。この点も、かつてのアメリカ合衆国の大戦後の経済停滞が思い出されるわけだが、それを救ったのは帰還兵士たちが結婚して住宅が必要になり、そこで生まれた住宅新築ブームだった。ともかく、膨らんだ軍需が萎んでいくとき、それを補って余りある投資先がなければならない。さて、ロシアの場合にはプラスとマイナス、どちらの傾向が強まるのだろうか。普通に発想すれば、戦争で景気がよくなったのだから、戦争が終われば不景気が待っていると思うだろう。しかし、ロシアはそうでもないと指摘する人もいる。

「だから言ったじゃないか、ロシア経済は悪くないって」と言いたそう


フィンランド銀行の研究所員ローラ・ソランコは、「ロシアの戦争終結で真っ先に収入を失うのは兵士たちだろうが、ロシアの地方経済にはいまの繁栄が生み出した変化が何らかのかたちで残るのではないか」と予想しているという。「地域外への出荷というファクターから恩恵を受ける地域は、すぐに消滅することはないでしょう。生産量が増加した地域や軍需産業に属する企業の場合も同じことがいえます。というのも、たとえ戦争が終わっても、ロシアはこれから何年もかけて、消耗した軍備を補填する必要があると思われるからです」。これからの経済安定も果てしない軍備の増強・維持と、強く結びついてしまったということなのだ。