トランプ大統領に振り回されるアメリカと世界に注目するあまり、もうひとつ大きな問題を忘れていないだろうか。中国の経済復活と台湾問題である。この忘れられたテーマについても、ハーバード大学のスティーヴン・ウォルト教授は「本当の問題は別のところにあるのかもしれない」と指摘している。いまの世界構造が変わらないと信じたい人は多い。しかし、ウォルトは「以前ほど私はその予測に自信を持てなくなった」と告白している。

欧米のニュースに注目していると、もう、この世界はトランプだけで埋められているのではないかとの錯覚に陥るほどだ。しかし、トランプ政権の閣僚たちが、安っぽいアプリで安全保障問題の機密を融通しあって「シグナル・ゲート」を起こしているいっぽうで、中国は着々の経済の復活とこれからの対米政策を、十分な機密状態で画策しているのである。ウォルトは米外交誌フォーリン・ポリシー4月1日付に「アジアは危険なほどにアンバランスになっている」を寄稿して、かなり正直に自分の分析だけでなく予測の不安を述べている。
「私はアジアの勢力均衡あるいは脅威均衡を、古きよきリアリストとして論じてきた。それはシンプルで馴染み深く、むしろ安心できるものといえた。その物語は中国が世界第2位の強国となっても、いっぽうでアジアの同盟国が増え、しかも、その同盟の明確な目的は単純明快な『中国がこの地域を防ぐこと』だった。この同盟は誰がホワイトハウスに入ろうとも、勢力均衡は理論どおりに働き、中国の野望は果たされないことになっていた。しかし、それを疑問視する理由が増加して、これまでの予測に満足することが危険になってきた」

以上が、ウォルトがアジアの勢力均衡(脅威均衡)について安心から疑問へと移りつつあることの概略だが、それは中国が変わってきたことも大きいが、韓国などのアメリカの同盟国が不安定になっていること、中国は人口問題で軍事増強が難しいという点でも、日本や韓国が同じように人口が急減していくため相殺されること、そして、同盟の集団行動が予想どおりに働くか怪しくなってきたことなどを述べている。もう少し詳しく見ておこう。
第一に、「中国は手をこまねいて静止しているわけではない。中国は新たな状況に適応しようとしており、場合によっては成功している」。たとえばAIモデルにおけるDeepSeekの登場は、アメリカが中国の技術開発に課そうしている障壁の一部を、中国は回避できることを示したものだ。また中国は半導体製造能力や量子コンピューターに多額の資金と労力をかけており、アメリカが背を向けているグリーンテクノロジーですでに優位に立っている。

第二に、「アメリカの最も重要なアジアの同盟国のひとつである韓国は、尹錫悦大統領が戒厳令を敷くのに失敗して政治的混乱に陥っている。たとえ現在の混乱が収拾されても、(たとえば弾劾は微妙な情勢になってきた)韓国社会は依然として大きく二極化したままになる危険性が高まった。野党のリーダーで米韓関係に批判的な李在明が大統領に当選する可能性もあり、そうなれば李は中国や北朝鮮により宥和的アプローチをとるだろう。
第三に、「中国は深刻な人口問題に直面しているが、アメリカの同盟国である日本や韓国もこの点においては同様である」。ざっと平均年齢を見てみると、台湾が44歳、韓国が45歳、日本などは50歳で、これをアメリカの38歳、中国の40歳と比べた場合、いずれも老齢化した社会ということができる。これは経済においてもそうだが、とくに軍事力を増強することができないことを意味している。

第四に、「同盟国の集団行動が問題になると思われる。各国が共通の脅威にさらされたとき、その脅威に対処するため互いに協力する動機がじゅうぶんにある場合でも、他国に負担を押し付け、最大のリスクは回避するという事態が起きないとも限らない」。こうした事態を避けるには、リーダーシップをとる国が、政治的かつ道徳的に堅固でなければならないが、これからのアメリカがそれを担うかどうかが、もう怪しくなっているのである。
こうしたアジアにおける状況の変化のなかで、では、アメリカのドナルド・トランプはどのように姿勢を示し、かつ行動しているだろうか。問題点を見ていこう。第1に、最も矛盾が顕著なのはトランプ政権が内部分裂していることである。「同政権は中国を経済的、軍事的ライバルと位置付けているが、そのいっぽうではイーロン・マスクのように中国との衝突が自らの北京との取引に支障をきたす人間を含んでいるのだ」。

第2に、「トランプ大統領は依然にも台湾防衛に疑問を表明したことがあり、トランプ政権の成立後の最初の試みは台湾の半導体メーカーTSMCに今後数年でアメリカに約1000億ドルを投資するよう圧力をかけることだった」。また、「トランプは、自分は交渉の達人だと信じ込んでおり、良好な関係あると主張する中国の習近平と何らかの取引をしたいと考えているようである」。しかし、こうした台湾と中国に対する姿勢は矛盾しており、両国に対して信頼よりも反感を生み出すことになるだろう。
第3に、「中国に対抗するという戦略目標と、同盟国および敵対国に対する保護主義的アプローチには大きな矛盾がある」。先日発表された外国自動車および自動車部品に対する関税は、これから韓国と日本に大きな打撃を与えることになるだろう。これなどは、両国との戦略的連帯を促進するまともな方法とは到底思えない。この大きな矛盾を横目で見ながら、中国の王毅外相は韓国や日本との貿易の可能性に触れつつ、「近くの隣国は遠くの親戚よりも頼りになる」などと皮肉を述べたものだった。

まだまだある。第4に、「トランプとマスクは、重要な政府機関を混乱させ、経験豊かな役人をやめさせて自分たちに忠実な人間に代えてしまい、国家安全保障会議や国防総省でも素人同然の外交を展開している。もし私がアジアの同盟国だったら、専門知識の喪失と大統領の気まぐれで、同盟関係がガタガタにされることを心配するだろう」。そして第5に、「本来はいまのアメリカ政府の基本的性格が、アメリカのアジア同盟を維持してきた絆を弱めていないか検討する必要があるのだが、もちろん、まったくそんなことは思いもつかないようである」。つまり、いまのトランプ政権は外交のリーダーたる資質も努力もないということなのだ。以下が今回の締めくくりである。
「私は政治的リアリストなので、自分のシンプルな仮説には価値があると考えてきた。無秩序が支配する国家というものは脅威に対して神経質になるので、強大で野心を抱く中国に対しては、アメリカとその同盟国は協力してその影響力を抑止しなければならない。敢えて予測するならば、アメリカとアジアの同盟国はその関係を維持するだろう。アメリカは中国の影響がアジアで強大になることを望んでおらず、また、同盟国も中国の支配下に置かれたくないからだ、しかし、私は以前ほどこの予測に自信を持てなくなっている」。