トランプがここまで破壊的に振舞って失った世界の信頼は、ちょっとやそっとでは回復するのが難しいだろう。トランプがまだ大統領執務室にいる間はもちろんのこと、幸いにして去って以降も、アメリカは約束を守らない傲慢な国家として、世界から警戒の目で見られることになる。それでもアメリカの識者のなかには、そのトランプのいない時代に移行できた場合のことを考えて、信用回復の方法を真剣に考え始めている者もいる。ここではハーバード大学のスティーヴン・ウォルト教授の「4つの提案」を紹介しておこう。

「トランプが永遠に米大統領を務めるわけではない。将来のアメリカの指導者たちは、かつて友好関係にあった各国政府、国内外のビジネス界、そしてアメリカ国民の大部分との信頼関係をある程度回復したいと考えることだろう。しかし、一度失った信頼を再構築するのは容易ではない。より責任感のある指導者ならば、どのようにして信頼できるとの評判を取り戻せるのか、考えてみよう」
スティーヴン・ウォルトは米外交誌フォーリン・ポリシー4月21日付に投稿した「トランプ後の世界;アメリカはいかにして信頼を取り戻すか」を、このように始めている。トランプがいなくなりさえすれば、すぐに元に戻ると思っている人もいるかもしれない。しかし、トランプの登場というのは、アメリカの嵌まり込んでしまった行き詰まりの結果なのであって、トランプがたとえやめたとしても、行き詰まりをどうにかして欲しいと思っているアメリカ国民はまだ多くいることを、忘れるわけにはいかないのだ。ウォルトはその点を確認したうえで「4つの提案」を行っている。

第一は「自らが間違っていたことを認めよう。自国が他国に対して愚かで有害なことをしたときに、その誤りを公然と認めれば関係修復に役立つ」ということである。そして、一度だけ言って終わりにするのではなく、何が間違っていたのか、なぜそれが有害だったのかを理解していることを他国に対して明確にすることが必要だという。(ここでウォルトは第二次世界大戦後のドイツと日本の謝罪の比較を持ち出し、前者は率直に認めたが後者は積極的でなかったと述べ、そのため前者に比べて後者はアジアからの疑念を残したと述べているが、これは典型的な欧米人特有の議論で単純すぎるのだが、ここでは拘らないことにする)。
第二は「将来のアメリカの政権は、自国の利益に明らかに合致する新たな協定を他国と締結すべきである」。そして、「同時にアメリカが望むことのすべてを得られるわけではないこと、そして他国の利益もある程度は満たさなければならないことを認識すべきである」という。国際政治において相互の信頼は「希少な資産」であって、いったん約束を守ることが本当に自国に利益になると理解すれば、各国は相手国が約束を守ると信じる可能性が高くなるというわけだ。

第三に「将来のアメリカ大統領が、その地位にふさわしい資質を備え、外国の同僚から尊敬される高官を任命し、規律あるいは一貫した政策立案プロセスを確立すれば、信頼の再構築は容易になる」。ここらへんは、いかにもアメリカ人らしい楽観的な見方だと私は思うが、ウォルトらしい大らかな見通しとして賛成したくなるアメリカ人は多いはずである。次の部分には下線が引かれている。「政治家が自分の仕事を理解しており、重要なことを場当たり的にでっち上げていないと確信できれば、他国は米国の判断をより信頼するだろう。もちろん、利益相反は依然として発生し、緊密な同盟国でさえアメリカの決定に異を唱えることもあるが、自国の運命が大統領の気まぐれや素人丸出しの奇策に左右されることを、他国は心配しなくなるだろう」。
第四に「おそらく最も重要なのは、いまアメリカの信頼性と力量への評価を(でたらめな政策によって)貶めている者たちは、責任を問われなければならないということである」。これなど本当にアメリカが自国でできることなのかと考えると、よっぽど共和党嫌いの気が短い民主党の大統領ですら実行は難しい話だろう。「誤解のないように断っておくが、トランプのように自分を怒らせた者に復讐しろといっているわけではない。しかし、政権関係者が法律を犯したのであれば、ちゃんと起訴されて適正な裁きを受けるべきである」。

「では、どうやって」という問題については触れていないが、前政権を裁くのがどのようなレベルであっても普通になってしまえば、そのことで国内外を不安定にしている韓国や台湾を笑えなくなるだろう。これまではアメリカもヨーロッパ諸国も、そして日本も、前政権の違法を裁かないことで、政治の連続性をなんとか保ってきた(戦後日本には田中角栄という例外はあるが)。問題はこうした暗黙の約束をなかったことにして、トランプのような「大統領は裁かれないし、どんな手をつかっても裁かせない」と明確に意識する、性質の悪い確信犯を本当に裁くのはきわめてむずかしいことは、いまのアメリカを見れば分かる。
自分たちが悪かったことを認めて、他国と協定を結びなおし、正しい指導者たちを選んで、悪かった指導者たちを罰する? 今回、ウォルトの提言は実に切れ味の悪いものばかりである。ここには暗黙の前提、「アメリカは悪を行わない」という歴史的な神話がやはり横たわっていて、選挙民の声は神の声だという民主主義神話にどっぷりと漬かっているからだろう。トランプの政治はそこからの逸脱だったと思いたいというのが明らかで、それならイスラエルに残虐をやらせ続けたバイデンの悪はどうなるのか、といったことは出てこないらしいのだ。

さらに過去にさかのぼり、ベトナム戦争を事実上始めたケネディの悪はどうなるのか、イラク戦争を始めてしまったブッシュをどう罰するのか。また、わかりやすいウォーターゲートのニクソンの悪は裁けても、曖昧で分りにくい中国系資金に手を染めたクリントン夫妻の悪は、別のスキャンダルで隠せたから、それでいいとなってしまわないのか? では、罰するか放置するか、その境界はどこにあるのか。司法がそれを本当に決めることができるのか。そもそもいまの最高裁は共和党の支配下ではないのか。
「私はこうした提言を、幻想をもって述べてきたのではない」と最後近くでウォルトは言い出している。さすがに書いているうちに、これらは幻想になってしまいかねないと思い出したのではないだろうか。「いかに暴走していても、トランプが2024年の選挙で勝利し、依然として相当数の国民の支持を得ていることは忘れてはならない。それでもなお、アメリカの現在の狂気が繰り返されないと世界に納得してもらうには、アメリカの民主主義を終焉させ、何百万人ものアメリカ人を貧しくし、アメリカ合衆国を急激に弱体化してしまっても、誰もなんら影響を受けないことを証明する必要があるかもしれない」(もちろん、ここは逆説を使った表現だろう)。

そして、最後の段落では「不幸なことに」で書き始めている。「政治家は責任をとらねばならないという政治倫理が強い要求となると、憂慮すべきパラドックを招き寄せてしまう危険性があることを認めねばならない。トランプ政権の政策上の失敗や犯罪が大きければ大きいほど、(そのしっぺ返しが怖いので)トランプとその一党たちが政権に継続的に留まろうとするインセンティブが働いてしまう」。
事実、世界ではハンガリーのオルバーン首相、トルコのエルドアン大統領、イスラエルのネタニヤフ首相に典型的に見られるように、どんな汚い手を用いても権力に留まろうとする傾向が生じているというほかない。「アメリカ民主主義を維持し、世界との信頼関係を永続化するかどうかは、アメリカ国民がトランプやその取り巻きたちがもたらした損害を認識し、最終的には彼らを政界の片隅に追いやることができるか否かにかかっているのかもしれない」。ただし、それは報復を伴わないやり方で、しかも、完璧に遂行できなければならないだろう。そんなことが、いったい可能なのだろうか?