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東谷暁による「事件」に対する解釈論

トランプ関税を潜り抜ける中国の「秘密兵器」;「洗濯」と「ギグ」がそのキーワードだ!

中国製品はトランプ米大統領に145%もの関税をかけられることになるが、その抜け道をすでにあれこれ模索しているところが、中国産業界の凄さというかエグサだろう。そもそも、開放政策に転じて以降、中国製品は知的財産権を無視して製品を大量に製造し、多くの技術を盗用していまの先端ハイテク産業を育ててきたという経緯もある。詳しくは本文を読んでいただきたいが、先にヒントを書いておくと、中国からの輸出品に145%の関税をかけるというのだから、同製品を中国で作っていても、中国ではない国から輸出すればいいわけである。


英経済紙フィナンシャルタイム5月4日付の「中国の輸出業者はトランプ関税を回避するため、第三国で『洗浄』している」は、これまでと同じように輸出を続けようとしている中国企業のすさまじい格闘を報じている。「中国のSNSには『原産地洗浄』のノウハウを提供する広告が、すでにあふれている。そのいっぽうで、アメリカ向けの貿易中継地にされることを恐れる近隣諸国では、ますます警戒感が高まりつつある」。

同紙は細かく現実の「洗浄」について具体名を挙げながら書いているが、ざっといってしまえば中国から輸出された製品は、購入した業者の判断ということにして、いったん近隣国(たとえばマレーシア、韓国、ベトナムなど)を経由し、それらの国から原産地証明書を発行してもらい、そのうえでアメリカに送るという手続きを踏むわけである。もちろん、これらの国では違法を堂々をやられては沽券にかかわるし、しかもアメリカから敵視されることになるので、韓国税関は中国発でアメリカ向けの製品を発見したと発表して警告を発し、ベトナムも偽造証明書の発行を防ぐよう米輸入業者に要請した。


興味深いのはマレーシアで、このフィナンシャルル紙記事の最初のバージョンが掲載された後に、次のような声明文を発表している。「我が国は国際貿易慣行の健全性を維持することに尽力しており、商品の価値や原産地に関する誤った申告や虚偽の申告を通じて関税を回避しようとしているいかなる試みも重大な犯罪をみなしている。もしこれらの報告が真実であれば、我が国は米当局と協力し調査を行い必要な処置を講じる」。

こうした事態について同紙が中国当局にコメントを要請したところ、中国外務省と商務省はまったく要請に応じなかったという。そのいっぽうで、中国の中小輸出企業の中には、「グレーゾーン」の関税回避を提供する仲介業者を、業界団体から紹介してもらうところが多くなっているらしい。さらにアメリカの輸入業者もまた、中国の出荷元から送られてきている製品について、出荷元の情報が改竄されているために、アメリカ税関当局から輸入品が押収される危険にさらされていることを認めているという。


アメリカの輸入業者は、不当な高い関税ではなく、妥当な関税を払うための支援を誰かから受けることには消極的だとコメントしているが、それも当然だろう。そのアドバイスでどれくらいの輸入品が高関税を回避できるのか、それはまだこれからの成り行きを見て判断しなければならないのだ。そうした米輸入業者の多くは、中国のサプライヤーが虚偽の報告をするのではないか(それがバレたとき自社にもお咎めがあるだろう)と懸念している。なかには「私は中国のサプライヤーには絶大なる信頼を置いている」と述べている米輸入業社の経営者もいるそうだが、それが正確にいってどのような意味なのか同紙は記していない。

こうした貿易戦争によって、中国国内では失業者が増えることは火を見るよりもあきらかだ。英経済誌ジ・エコノミスト5月4日付の「貿易戦争における中国の秘密兵器」では、関税への直接の対策ではないが、このところ急速に伸びている産業が、貿易戦争のために減少している雇用をカバーしてくれるのではないかとの希望が生まれていると報じている。一時的に行う配送サービスや配車サービス「ギグエコノミー」が、いまの危機に対応するかのように急伸して、雇用を生み出しているというのである。


まず、中国におけるアメリカ向け製品の生産には、同誌によれば約1600万人が従事しており、野村ホールディングのデータでも、今回のトランプ関税によって短期的に570万人、長期的には1580万人に影響が出ると見ている。それに対して「ギグ(一時的な)エコノミー」が生み出している「新しい雇用形態」に転職している人は、中国の国営労働組合連合会によれば8400万人いると推計されている。さらに中国政府は、自営業、パートタイムを含む「フレキシブルワーカー」が、いまや2億人がいると見ている。急伸した中国の配送会社「美団」は、750万人の配達員を雇用し(図版左)、年間110億ドルの収入を得ている。


同誌は分かりやすいケースとして「ワンさん」を紹介している。36歳のワンさんは食品配達ドライバーに転職すれば月1万元かせげると知って、スクーターで北京中を走り回るようになった。この1万元だが、いまのレートで計算すると約20万円。中国と日本との平均年収は円換算で220万円対400万円ということになるから、まあ、月40万円くらい稼ぐようになったということだろうか。こうなればもう「ギグ」(一時的)なアルバイトとはいえないわけで、いま問題になっているのがギグの労働者の社会保障をどうするかになってきたという。

美団の成功もあって、同類のビジネス形態の企業が次々生まれ、そして美団のライバルとなっている。配送サービスに並行して配車サービスも台頭し(図版右)、ライセンス数が2020年の290万件から2024年には750万件へと急増している。美団のライバルとしていま注目されているのが「JD.com」で、eコマース企業からフードデリバリーに参入し、すでに10万人の新規利用者を獲得したと発表している。しかも、美団が労働力を外部委託で調達していのに対し、JD.comは自社で雇用し、しかもこの2月から配達員に社会保障給付を提供して話題になっている。


もちろん、この社会保障給付は働いている社員のなかにも賛否あり、けっきょくは労働者たちに支払わせているのではないかとの批判もあるらしい。さらには、美団が試験的に泉州市で年金保険料の2分の1を会社持ちにしてみたところ、興味がないと答えた労働者もいて、ギグで働いているのだから、金があるならその分給料にしてくれという人は少なくないらしい。さらに、ギグエコノミーの企業にとって社会的費用への支出が多くなると、株式を下落させる要因となりかねないので、同誌は良質な雇用の維持と株価維持との間で経営陣は微妙な判断を迫られるだろう述べている。

トランプが始めた関税戦略は世界中に大きな不安と反発を生み出しているが、とくに高比率の関税を課されている中国は、政府だけでなく個々の企業も切り抜け策を編み出そうとしているわけだ。そのなかで国内に限定されたサービスを提供するギグエコノミーが、いまのところ急成長しているわけだが、これらのビジネスにしても関税政策が経済そのものを低迷させれば、配送と配車への需要が低下するわけで、同じように高関税を呪うことになるだろう。先日、米民主党系の国際政治学ジョセフ・ナイが世界は「(トランプが大統領をやる)4年の間なんとか辛抱してほしい」と言っていた。結局のところ、これくらいしか根本的な対応策はないのかもしれない。