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東谷暁による「事件」に対する解釈論

リーダーが消滅した世界経済の危機;「キンドルバーガー・ギャップ」が再来しつつある?

トランプ米大統領が関税攻勢によって、再び世界経済でもアメリカを偉大にしようとしている。しかし、何度も指摘されているように、これはまさに「自滅」への道なのだ。アメリカは世界貿易での負担に耐え切れなくなっているとの指摘もあるが、同国の貿易依存率(輸出+輸入のGDP比)は19%弱にすぎず、他の先進国の30%台とか40%台(日本は35%)に比べてけっして多くない。むしろ、閉鎖的国家とすらいわれることがあるほどだ。トランプは何のことはない、世界に目にもの見せてくれると凄んでいるにすぎないのだ。こうした異常な危機のなかで注目されているのが経済史学者キンドルバーガーの所説である。


チャールズ・キンドルバーガー(1910~2003)は、ペンシルベニア大学コロンビア大学で経済学を学び、新しく登場したケインズ経済学に影響を受けた。大学院生のころから財務省で働き、卒業後はニューヨーク連銀に入り、大戦中はCIAの前身である戦略諜報部に勤務、戦後はマーシャル・プランの策定に従事して、その後、MITの教授となって多くの経済史(本人の呼び方では経済的歴史)の著作を残した。よく知られている著作に1973年の『大不況下の世界1929-39』や1978年の『熱狂、恐慌、崩壊 金融恐慌の歴史』などがある。

経済誌ジ・エコノミスト5月8日付の「ヘゲモンが倒れたとき何が起こるか」が注目しているのは前者の『大不況下の世界』で、1929年に始まる大恐慌の原因を探求した著作である。「キンドルバーガーは、世界恐慌がこれほどの大惨事となったのは、世界経済を安定させる主導国が欠如していた(キンドルバーガー・ギャップ)からだと指摘した。主導しようにも『英国はその能力がなくなっていたし、アメリカはその気がなかった』」。その後、大恐慌の研究は金本位制の欠陥を指摘するものが多くなりベーリー・アイケングリーンの1996年刊『黄金のくびき:金本位制大恐慌1929-39』などがスタンダードな見解とされるようになった。

1929年のウォール街の株価暴落が世界の大不況の引き金となった


しかし、国際金融制度だけにこだわらず政治的な視点を加えて考えてみれば、世界恐慌からなかなか脱出できないままに第二次世界大戦に至ったのは、金融制度のみでは説明できない。事実、先進国は時差はあったが次々と金本位制から離脱していたのである。そうであるなら、世界をリードしていく国家が欠落していたことが大きかったとする、キンドルバーガーの視点も再考の余地が大いにある。ましてや、いまのようにトランプ米大統領が世界秩序の破壊者として振る舞っているときには、キンドルバーガーのリーダーの不在(後にはヘゲモンの不在と呼ばれるようになった)が何を引き起こすかに注目するのは理にかなったことだろう。

キンドルバーガーは、秩序の安定とは(政治的に)提供されなければならない地球規模の公共財であると主張した。それは自然発生的な均衡ではない。後世の研究者たちが『ヘゲモン(覇権国)』と呼ぶ経済超大国は、この安定の恩恵の一部を自ら享受しつつ、そのいっぽうで財の自由市場、景気循環調整金融の維持、そして最後の貸し手としての世界的役割を担う重責を負う必要がある。現在、ドナルド・トランプ米大統領は、こうした考え方を完全に拒否しているように見える」

1939年にはヒトラーポーランドに侵攻、第二次世界大戦に突入する


ロンドン大学のエレーヌ・レイの分析では「いまや自滅するヘゲモンが国際公共財にまったく関心を示さず、対抗勢力として注目されるEUや中国にはその能力が欠けている」としている。彼女が懸念するのはアメリカのFRBが主導してきたスワップ協定の未来だ。これはヨーロッパ中央銀行、英国銀行、日本銀行など、同盟国の中央銀行が、自国通貨と引換えにドルを入手する手段を提供するものである。この仕組みがあれば、アメリカ以外の国がドル建て借入価格の高騰につながる危機を未然に防ぐのに役立つはずだという。

ところが、トランプ大統領にとっては、これはまさに「アメリカが収奪されている」ことを示す何よりの証拠ということになってしまう。彼の眼には、タダでアメリカが世界の金融安定の費用を支払わされていると映るからだ。もちろん、いまのところFRBのジェローム・パウエル議長は「わたしたちがこの役割を担うのは、アメリカの消費者にとっても非常に有益だからだ」と述べて、スワップ協定を守る姿勢を見せている。しかし、途中で取り下げはしたものの、トランプは公然とパウエルをクビにしようと試みたことは忘れてはならない。

トランプの「世界はアメリカから収奪している」はホラ話にすぎない


レイはすでにヨーロッパの中央銀行は商業銀行に対して、トランプ対策の一環として、ドル資産への投資を削減し、予防的なドル準備を積み増しし、ユーロを国際通貨化する役割を担うよう進言している。いっぽう、ボストン大学のロバート・マコーリーは、世界の銀行が「ドル有志連合」を設立することを提唱している。スワップ協定に入っている国のドル準備資産のは、すでに1兆9000億ドル相当に達しているから、これを役立てれば2007年から2008年の世界金融危機やコロナ・パンデミック並みの試練は乗り切れるが、さらに積み増しをしておくべきだと指摘している。

たしかに、こうしたドル準備の積み増しは役に立ちそうに思えるが、問題はそうした措置のリーダーシップをとれる国家があるか否かだろう。「短期的には協定参加の国の中央銀行が準備金積み増しながら、こうした有志連合結成はドルの役割を強化するかもしれない。しかし、長期的にはアメリカの通貨における覇権そのものが、すでに歴史的役割を終えてしまったように見えてきたことも否定できない」。