トランプ大統領と大富豪のイーロン・マスクが決裂した。トランプはマスクを「クレイジー」と呼び、マスクはトランプを「恩知らず」と罵った。すでにトランプ政権の中でもマスクは孤立していた観があり、トランプが他の取り巻きたちとの間に入って決定的対立を避けていたが、マスクがDOGEを正式に退任したことで、調整の入る必要はなくなった。こうなるのはトランプの大統領就任以前から分かっていたことで、就任後もマスクのビジネスにとっては不利になる政策ばかり実施していたのだから、よく今まで続いたというべきか。

ウォールストリート紙より;仲のいい2人だった
この1週間の経緯で見ても、前半戦は穏やかなジャブ程度のもので、このまま大事に至らずにトランプとマスクはそれぞれの道を歩いていくのかと思われた。この間もマスクはトランプの計画していた立法案には反対していたし、むしろ、マスクの薬物使用問題のほうが波乱をもたらすのではないかとすら思われていた。ところが、トランプがドイツ首相のフリードリヒ・メルツを大統領執務室に招いて、かなり突っ込んだ話をしているうちに、トランプが突如、マスクへの不満を表明し始めたのである。
「それはメルツ首相との大統領執務室での会談開始から13分後のことだった。トランプ大統領は急にイーロン・マスクに対する不満を表明し、世界で最も影響力のある2人が友人から敵に転じる激動の1日の始まりとなったのであった」と、米経済紙ウォールストリート・ジャーナル6月5日付の「トランプとマスクがパートナーシップを破棄した日」は、おどろおどろしく書いている。しかし、ごくありふれた人間観察さえできれば、マスクはほとんどすぐにもトランプ陣営で孤立していることは自明だった。そのことについては、すでに書いたので省略するが、興味のある人は読んでおいていただきたい(「トランプは本当にマスクを辞めさせると言ったのか」)。

フィナンシャル紙より;マスクは大統領執務室によく姿をあらわした
マスクが切れる直前にも、2つほど大きな不満があったとされる。ひとつが、切れたさいに露骨にトランプを批判した「大きな美しい法案」という、トランプ政権が売物にしようとしている減税を中心とする法改正で、これにマスクは「アメリカの財政を破綻させる」と激しく反発していた。もうひとつがマスクの盟友とされるジャレド・アイザックのNASA長官指名をトランプが取り下げてしまったことだった。その理由というのが、アイザックは以前に米民主党に献金していたからというものだった。
メルツ独首相との会談に付随していたイベントのなかで、大きな美しい法案について問われると、トランプは「私はイーロンが好きだった」と話し始め、「彼とは素晴らしい関係だったが、今後もそうかは分からない」と、事実上、マスクとの関係が冷えたことを認めた。さらに、大統領選挙でのマスクの巨額の資金の寄与についても、「選挙結果にはほとんど影響を与えなかった」とまで断言した。「いずれにせよ、私はペンシルベニヤ州では勝っていただろう」。

ウォールストリート紙より;まるで親子のようにも見えた
これに対して自分の持ち物であるSNSの「X」で、イーロン・マスクは反撃した。「私がいなければ、トランプは選挙に負けて、下院は民主党が半数を占め、上院は共和党対民主党が51対49になっていただろう」を投稿。そして「トランプは何と恩知らずな人間だろう」と付け加えた。ざっといってトランプ当選のためにマスクは2億5000億ドル使っていたから気持ちは分かる。
マスクはトランプの減税案に激しく批判していたことは触れたが、これに対してトランプは午後2時37分に「節約する最も簡単な方法がある」と自分のSNS「トゥルース・ソーシャル」に書き始め、「マスクの企業と結んでいる政府契約を打ち切ればいい」と続けた。トランプのテスラは電気自動車製造で税制上の優遇をされてきたが、トランプは「バイデン大統領が打ち切らなかったことが不思議なくらいだった」と憎まれ口を付け加えた。もう、ここまで来れば悪口の応酬のようになってきた。

フィナンシャル紙:薬物摂取の疑惑を持たれている
そこでイーロン・マスクが午後3時にはXに「とんでもない爆弾を投下する時がきた。トランプの名前は、(性的人身売買と幼児虐待で知られた金融業者)ジェフリー・エプスタインのファイルの中にあるんだぞ」と書いてしまう始末だった。ちなみに、ウォールストリート紙によれば、ファイルはすでに公開されているとのことで、どうもマスクはここでは空振りになってしまっている疑いが強い。この間、マスクの自動車会社テスラの株価は14%下落してしまっている。この木曜日の夜までに、トランプはマスクを「クレイジー」で「錯乱している」と罵ったといわれる。
もともと、トランプとマスクは、大きな同質性と大きな異質性をもっていた。同質性は自分の思ったことはどんな手段でもやり遂げようとすること。異質性はマスクがトランプのもっているような政治家としての悪賢さを欠落していることだ。同質性があれば何とか関係は続くのではないかと思う人もいるだろうが、実は二人とも後塵を拝することは絶対にしないという点でも同じだった。マスクが去ることになったのは当然だった。