世界的な現象として、生まれてくる子供が女の子であることを願う傾向が強まっている。正確には、先進諸国では女の子を好む傾向が強まり、途上国では男の子であることを好む傾向が急激に衰退している。結果として、世界的には男の子であることを望む傾向が低下して、女の子を望む傾向が高まったように見えるわけだ。では、なぜ今になってそうした傾向が顕著になってきたのだろうか。

女の子のほうが元気があっていい?
英経済誌ジ・エコノミスト6月7日号は「男の子出産を望む傾向の驚くべき減少」を特集に掲げている。「先進国では女の子優遇が進む一方で、途上国では男の子優遇の傾向が縮小している」という現象が顕著になったが、ではなぜかというと、それがよく分かっていないのである。
もともと、世界の文化的傾向から見れば、伝統的社会は男の子の誕生を希望する傾向が圧倒的に強かった。そして、それは中国やインドに見られるように、ほんの少し前まで、途上国にとくに顕著に見られる傾向だった。生物的な現象からすると、女の子100人に対して男の子は105人生まれる傾向があり、それは男の子の死亡率が高いことを考えると、自然の摂理のあらわれだろうとされてきた。しかも、男の子が多少多い傾向は戦争をしている国の場合にはさらに高まるので、これまた人間の本能ではないかとも考えられてきた。

ジ・エコノミスト誌より
おそらく人類が世界各地で社会を形成し、それぞれ別の文化を持つようになったわけだが、圧倒的に多くの社会で男の子を待ち望む文化が多く形成されてきた。これは伝統的社会で男性社会が主流であったことと整合性があるので、何となく納得されてきたわけである。ところが、1980年代になると超音波検査によって胎内の子供の男女が分かるようになったことで、きわめて残酷で不幸な事態が持ち上がった。女の子の場合には堕胎してしまう親たちが、先進国で急増したわけである。
この種の女の子の抹殺は、伝統的社会においては誕生後に行われることが多かった。しかし、現代になってから、男の子誕生への待望が強いときには、超音波検査によって検査を行ったのちに抹殺が行われるという、ひどくテクニカルで残酷な事態が生じてきた。特に顕著だったのが前述のように、もともと男の子を強く喜ぶ文化が圧倒的な中国やインドだったわけだが、それが急激に変わったとジ・エコノミスト誌は指摘している。たしかに、同誌が掲げているグラフを見ればその変化に驚くだろう。

ジ・エコノミスト誌より:中国やインドでは男の子への期待が減退
もちろん、いまでも中国やインドでは、男の子の比率がいまも自然な数値とされる105よりも高い。しかし、「中国では2000年代のピークだった117から2023年には111に低下し、インドでも2010年の109から2023年の107にまで低下した」。さらに世界規模でみても、女の子がどれくらい男の子より少ないかで見ると、1980年以降、女の子の出生数は、ジ・エコノミストの計算では自然の数値とされるものより合計で約5000万人も少なくなっていると推計されている。
ちょっと計算法がややこしいが、2000年だけでも男の子の出生数が女の子より本来より約170万人多く、2015年にも男の子のほうが100万人以上多く、「これは同数の女の子の胎児が失われたことになる」。ところが(ここからが劇的)、同じ数値が今年は約20万人まで低下すると見られており、逆算すれば「2001年より現在まで女の子の命が約700万人救われたことになる」と同誌は述べている。要するに女の子だと分かってもかなりの規模で堕胎しなくなったというわけである。

ジ・エコノミスト誌より
生命尊重の観点からすれば、もちろん好ましい現象である。しかし、こうした傾向がなぜ生まれたのだろうか。それがまだよくわかっていない。しかも、先進国の女の子好きと途上国の男の子好きを同じ基準で考えてよいものかも不明であり、また、中国やインドはいまも途上国と考えてよいのかどうかも、同誌はちゃんと議論していない。それでも、まあ、めでたいからいいことにしようかということらしく、先進国の女の子好きの上昇と途上国の男の子好きの下降はひとつのスケール上の出来事にされている。したがって、現在の現象についての以下の謎解きも、クビを少しだけ傾けながら聞いたほうがいいかもしれない。
同誌が「女の子好き上昇・男の子好き下降」の理由として挙げているのはいくつかあるが、まず、第一が「親たちが老後を考えると女の子のほうが世話してもらえる」からではないかという説である。この例としてはデンマーク、ノルウェー、スウェーデンといった北欧が挙げられていて、これらの国では「一人の娘を持つほうが一人の息子を持つことより重視」している理由として、「娘が息子よりも独居の高齢の親の介護を担う可能性がはるかに高いからだとされている」と述べている。

老後の世話を考えれば女の子がいい?
こうした女の子のアドバンデージを理由とするのと対照的な議論として、「息子は扱いにくいし厄介だから」という、男の子のマイナス面を理由として取り上げているものがある。「いまは(多様化のため)男の子を育てるのは(かつてより)難しい時代である」「男性は罪を犯す確率が高い」「日本などでは引きこもりのほとんどが男性である」。こうしてみると親にとって、男の子の地位の下落は甚だしいものがあるが、いまの日本における介護問題を考えると、かなり当たっている側面があるように思われる。
日本において、比較的伝統的な価値観の地方の両親は、男の子が大都市にある有名大学に入ることを願い、男の子もそうしようとして親元を離れる傾向が強かった。その結果地元の大学で甘んじた女の子が親の介護を引く受けることになり、遺産相続問題で多くを主張することになっている例はきわめて多い。そうした事例を見ていれば、多くの若い親は「やっぱり自分たちの介護をしてくれるのは娘だ」と思っても無理はない。特記すべきは日本の場合も、一人っ子の場合、どちらがいいかとの問いに、日本人はかなりの割合で女の子と答えていることである。もちろん娘に介護される未来が実現するかはこれからの価値観の変動に依存しており、まだまだ不安定なものなのだが。
では、中国やインドで急激に「男の子を望む傾向が低下」したことを説明するのは、どのようなファクターなのだろうか。この点、同誌の特集はきわめて不備といわざるを得ないが、これはどう考えても、急速な経済発展と生活向上の影響によって生じた、家族文化の変化(もしくは崩壊)ではないだろうか。つまり、かつての家族制度への信頼喪失である。それでも男の子をよろこぶ傾向は途絶えていない(いわゆる欧米なみになっていない)のは、伝統的文化がまだ生きているからで、生活向上の予想がもし裏切られれば、それが復活強化される可能性も残されているような気がする。