6月1日にウクライナ軍が行ったロシアの爆撃機基地へのドローン急襲は、国境から5500キロという遠隔への攻撃であり、これまでにない衝撃を与えただろう。では、それでウクライナ戦争の構図が変わったかといえば、ほとんどそれはなかったと言わざるを得ない。論文のなかでスティーヴン・ウォルツは、ウクライナの長距離ドローン攻撃の創意や勇気を称賛しつつも、戦略的にみて決して高い価値はなく、こうした戦術的な華やかさが、必要な事項から目をそらし、むしろ、この戦争の終結を遠ざけているかもしれないと憂慮している。

米外交誌フォーリン・ポリシー6月8日付にウォルツが寄稿した「ウクライナのドローン攻撃は重要な成果をあげていない」は、ウクライナ軍が久しぶりに達成した戦果に水を差すような論文といってよい。しかし、戦争を論じるさいに戦略と戦術の冷静な峻別が必要だとする鉄則からすれば、ウクライナのドローン攻撃は戦術にとどまり、ほとんど戦略レベルには達することのない試みだったというしかない。
「この作戦はウクライナの粘り強さ、創造性、そして大胆さを示す好例であり、これまでもモスクワを幾度となく震撼させてきた彼らの資質から生まれたものである。ロシアはこの作戦を前に、彼らの国家安全保障や情報機関の無能さと自己満足をさらした。しかし、この作戦スパイダーズ・ウェブを知った人びとが爽快感を覚えたいっぽうで、ロシアの侵攻に対して真に効果的な対応策をとる努力を怠ってきた現実も露呈している。ウクライナはこの戦術的勝利によって、全体の戦略上の欠如を補うことはできないのである」

注意深くウクライナのプライドを考慮しながら書いたウォルツの文章を、あえて短く単純化して紹介してしまうが、ウォルツにいわせれば空爆やドローン攻撃だけでは、戦争に勝利することはできないだけでなく、まったく戦略的な効果を上げることはできず、しばしば、逆効果になることすらあると述べている。そのことはウォルツが何度も論じており、また、このシリーズでも何度も紹介してきた。
空爆やドローン攻撃は、敵の民間人を窮地に陥らせ、敵の軍事資産を破壊して作戦を破綻させることはできるが、そのことによって敵が戦闘意欲を失ったり、ましてや敗北を認めることはないのである。「たとえば、民間人を爆撃すると彼らは自国の戦争への支持をさらに強くする傾向があり、まったくの逆効果を生み出してしまう」。これまでの戦争でも爆撃は他の作戦と組み合わせて初めて効果を生むものであり、「たとえ今回のドローン攻撃で12機の戦略爆撃機を破壊したとしても、ロシアのウクライナへの進撃をやめさせ、ウクライナの都市へのミサイルやドローンによる攻撃を抑制させることはできない」。事実、6月9日と10日にロシアは、同じくドローンで報復のキーウ攻撃を行っている。

CNNより:6月10日のロシアによるキーウ攻撃
あえていえばウクライナは、戦争を終わらせることにつながる戦略を展開していないのであり、それは「今回のドローン攻撃と同じく、意外性があり最初は成功したが、戦況を変えることがまったくできず、そのうちに逆転されてしまったクルスク侵攻と似ている」。もちろん戦争を終わらせることができなかったのは、バイデン米大統領やヨーロッパ諸国首脳にも責任があった。彼らはウクライナを戦略的パートナーであるかのように位置づけていながら、自国の軍隊や領土を危険にさらそうとせずに、ただ単に戦争をウクライナに続けさせれば、ロシアが方針を転換するのではないかと願っていたに過ぎなかったとウォルツは批判する。
しかし、状況は西側が思っているよりもずっと悪い。アメリカはトランプが大統領になってから停戦に持ち込もうとしたが、そのやり方がまったくの気まぐれなので(本人はディールのつもりらしいが)、かえってロシアとウクライナの間には不信感が高まっている。「キーウとモスクワは戦争前にもあまり信頼し合っていなかったが、いまや相手をまったく信頼しなくなっている」。いっぽうプーチンはロシア国境付近にNATOが存在することを致命的な危機と見て、その拡大を阻止するためウクライナに侵攻したが、それが逆にフィンランドとスゥエーデンのNATO加盟を生み出してしまった。こうした逆説が次から次に起こったのがウクライナ戦争だった。ではどうすればいいのか?

「いまの時点で、何か即効性の答えがあるとは思わないほうがいい。ことに新たな兵器や戦術を用いた、スパイダーズウェブのような大胆だが本質的に限界のある作戦に希望を託すべきではない。むしろ、ウクライナにロシアに不釣り合いな損害を与えることのできる能力を提供し続けて、ロシアを納得させ同時に抑止することのできる、中央ヨーロッパの将来的な安全保障体制を構想し交渉することこそが、ウクライナに残されたものを守る唯一の方法といえる」
しかし、それはいま可能なのだろうか。どうもウォルツは、西側指導者の団結力や想像力の欠如を考えると、そうすることが可能だとは言い切れないようなのである。「特にトランプ政権のこの問題への不安定な対応と、多くの欧州諸国政府に対する根底にある敵意を考えるとなおさらだ」とすら述べている。結局、いまのアメリカ、ヨーロッパ、そしてロシアの状況を考えると、ハイテク兵器による戦術的なバトルに幻想を持つなというのが、いまウォルトが言える最大限のメッセージなのかもしれない。