イスラエルが激しくイランを空爆し、それに対してイランも可能な限りの報復を行っている。イスラエルが攻撃した理由は核施設の破壊という事実は分かるが、それにしてもなぜ今だったのか。アメリカは核開発についてイランと交渉を予定しており、イスラエルが何かをするにしても、その結果を待ってからだろうと思われていた。しかし、表向きはアメリカに無断で、イスラエルは今回の核施設およびイラク軍高官殺害のための爆撃や作戦を断行した。なぜ今かを解き明かすことは、今の世界の深層を理解することに繋がるだろう。

ここでは英経済紙フィナンシャルタイムズ6月14日付に掲載されたギデオン・ラックマンの「イスラエルはなぜ今イランを攻撃する決断をしたのか」を材料に考えてみよう。ラックマンは同紙の国際政治コラムニストで、ヒューマニズム、熱血、リアリストの間を行き来してやまないが、冷静になって書いてくれたときには、大いに参考になる整理のしかたをしてくれる。今回、彼は「なぜ今か」に対して、6つのファクターをあげている。
第一にあげるべきは、「2023年10月7日の、ハマスによるイスラエル市民虐殺が生み出した過激化効果である」という。イスラエルの指導者たちは、これまでになく同国のサバイバルを強く意識するようになり、急速に進んでいるとされるイランの核武装を、自国存亡の危機と捉えるようになっている。

第二は、「いまイランがこれまでになく脆弱な防衛体制をさらしていること」だとラックマンは述べている。つまり、昨年10月のイスラエルによるイラク攻撃によって、イランの防空網とミサイル攻撃能力にかなり深刻な打撃を与えたことが大きい。イスラエルはイランの防衛力が弱体化しているあいだに、徹底的に叩いておきたいと考えたのだろうという。
第三に、「イランの核開発がブレイク・アウト(飛躍的進展)の局面に達していることである」。この局面を抜け出せれば、そこから先は急速に進んで原爆を製造できるようになるかもしれない。しかも、国際原子力機関(IAEA)は、6月8日に始まる週の初めに、イランが核拡散防止条約(NPT)に基づく義務を果たしていないと発表したばかりだった。

第四には、「いまイランの核開発を徹底的に叩けば、イスラエルが中東のパワー構造を再編し、同国が中東の超大国となれると自信を持ち始めている」のだという。アメリカのバイデン前大統領は、レバノンのヒズボラを攻撃すれば壊滅的な報復を受けると警告したが、ネタニヤフは警告を無視してヒズボラを撃破し、今も封じ込めている。そのことで、ネタニヤフはアメリカのいうことなどあてにならないと思っているようだ。
第五は、「ガザへの継続的な攻撃によって同地の悲惨な飢餓を生み出し、イスラエルは世界的な批判を浴びているが、イランを攻撃することで関心をそらしたかった」と思われる。ネタニヤフは世界のイスラエルを観る眼を、ガザからイランとの戦争にシフトさせて、とくにイスラエル批判を高めているヨーロッパ諸国を、中東での戦争拡大によって、イスラエル擁護に向かわせたいと考えているというわけだ。

第六が、「イスラエルは、イランと交渉に入ったトランプ政権に対して、信頼を失っていることがあげられる」。イスラエルにしてみれば、イランに核開発を平和裏に放棄させるというのは間違った考えであるだけでなく、イランに核開発の可能性を残すような交渉は、結局、イスラエルを危険にさらす行為となってしまう。「そこでイランとアメリカの協議が14日に予定されていたのに、それを待たずに攻撃することを決めた」。
こうした6つのファクターがあるなかで、アメリカはイスラエルの動向をどのように見ていたのだろうか。ラックマンによれば「トランプ政権はこうした事態が起きる可能性を十分に認識していた。イランと交渉にあたるアメリカの高官たちは、イランとの合意に至ると確信していたようだが、イスラエルはその合意にも満足できず、イラン攻撃を強行すると予測していた」。結局、アメリカはイスラエルが今回の攻撃を断行することを分かっていながら、なりゆきにまかせたのである。

「今後の展開は、イランの報復の規模と効果に左右される。これは今後数日でより明らかになるだろう。もしイランがイスラエルへの攻撃を試みようとするなら、カタールやバーレーンを含む中東地域内のアメリカ軍基地も攻撃するかもしれない。しかし、そのような動きは、アメリカの全面的な戦争参加を確実にすることになるため、まったくの逆効果を生み出してしまう可能性がある」
ラックマンがあげた6つのファクターに、あえてひとつを付け加えるとするなら、ネタニヤフはこれからも政権を維持するという条件をクリアするため、ここで戦争拡大への決断をせざるを得なかったと思われる。これはあえていえば、ラックマンのあげた第五番目の支持を失わないための「国内版」と見ることができるだろう。ラックマンは意識してなのか、世界的な(あるいは外面的な)条件を中心に6つのファクターをあげているが、イスラエル国内の問題もじっくりと見なければならない。
対外的戦争においてはハマス、ヒズボラ、イランに対して有利な展開をしていても、国内では超宗教的学生への兵役免除を巡って、宗教的右派との軋轢が政権存続のきわどい危機となったように、ネタニヤフの地位はそれほど堅固なものではなくなっている。もちろん、国内の微妙な、そして重要な動きを見なくてはいけないのはイスラエルだけでなく、イランについても同様であることは間違いない。それは今のハメネイを最高指導者とする体制がいつまで継続するかを問うことでもあるのだが。