イスラエルはいまや中東の覇権国への道をまっしぐらに進んでいるように見える。ガザ地区でハマスを壊滅状態にし、レバノンでヒズボラを撃破して、イランへの攻撃もことごとく成功、しかも、アメリカが濃厚な支援を続けている。軍事的にイスラエルが中東で、圧倒的な優位にあることはもはや明らかであり、しかも、国家としても知識集約が進み国民の生活レベルは高い。もうすでに覇権国家と見なしてよいのではないのか。しかし、ハーバード大学のスティーヴン・ウォルト教授は、それは間違っているという。

アメリカのトランプ大統領は2週間の猶予を残して、イランへの軍事的介入を示唆している。その介入がイランの地下80メートルにある核燃料濃縮施設の破壊を意味するのかは不明である。しかしトランプはそれをも含めた攻撃を示唆することで、おそらくはイランに体制変更を含む妥協・屈服を求めていると思われる。その結果、中東に生まれるのはイスラエルが覇権国家として振る舞う新体制なのだろうか。しかし、ウォルトは次の4つの理由をあげて、イスラエルは中東の覇権国家たりえないと指摘している。
第一に、「地域覇権国は近隣諸国に比べて圧倒的なパワーを持ち、近隣諸国から重大な安全保障上の脅威を受けることがなく、真のライバルがすぐに出現することを心配しなくてよい地位を維持できなくてはならない」。これはアメリカが20世紀初頭までに達成した立場であり、他の大国は南北アメリカから撤退してしまい、この地域のいかなる複数国家の連合も、アメリカの経済力と軍事力の総合的パワーにライバルとして対峙することはできなかった。

「今日のイスラエルは、その条件を満たしているとはいえない」。たとえば、イスラエル軍はガザ地区に甚大な被害を与えたにもかかわらず、実は、この地域から撤退することはできないでいる。また、トルコとイランは依然として強力な軍事力と大きな人口を維持しており、たとえイスラエルに全面戦争によって敗北したとしても、それぞれが高い防衛体制を再構築することができるだろうとウォルトは予想している。
第二に、「イスラエルがイランに対して、自分たちが自制的な行動を取っていれば、将来的に危険になると切迫した意識を持ったこと自体が、アメリカがこれまで覇権国家として保持してきたような、圧倒的な安全保障のためのパワーを持っていないことを証明している」。つまり、今回のイスラエルのイラン攻撃は、イランが将来的に核兵器を保有するかもしれないという恐怖によって突き動かされており、それはアメリカが確立した覇権国家としての条件をもっていないことを意味しているというわけだ。

第三に、「なにより大きな問題は、イスラエルが依然としてアメリカという後見人に大きく依存していることだ。アメリカはイスラエルが近隣諸国を攻撃するために必要な航空機、爆弾、ミサイルのほとんどを供給しており、さらに何か起こったときに直ちにイスラエルを支持するといったような、継続的な外交的保護も受けている」。これではとても覇権国家の条件を満たしているとはいえないわけである。
第四に、「これも重要なことだが、持続的な地域覇権国は、近隣諸国が覇権国の支配的地位を受け入れるだけでなく、場合によっては歓迎するような勢力でなければならない。そうでなければ、覇権国は常に新たな対抗勢力の出現に怯え、対抗勢力が出現するのを阻止する行動を続けねばならなくなる」。いまのイスラエルはとても中東地域で支配者として受け入れられることはないし、ましてや歓迎されることはまったくないだろう。

とくに、4つめの条件については、近隣国に寛容に接することが必要となるが、いまのイスラエルの国内は右翼勢力や宗教的過激派がその影響力を拡大しており、とても寛容な国家という条件をみたすような状態にはない。「これらを総合すれば、イスラエルが中東の覇権国となるには遥かな道のりがあるということになり、おそらくは永遠に彼らの手の届かないところにあるといったほうがよいかもしれない」。
以上が、今回のウォルトの論文の概要だが、たとえば、アメリカがイランの妥協を得ることができずに、特殊なミサイルを使って地下のウラン濃縮施設を完全に破壊したとしよう(かなり困難だとの説もあるが)。では、そのあとどうするのだろうか。これまでの例では、イラクやアフガニスタンのケースように占領するしかなくなるのだが、そんなことをトランプがやるだろうか。そしてまた、900万人しか人口のないイスラエルが、戦勝気分でイランに進駐して、日本にアメリカが行ったような思想改造を含んだ占領を行うのだろうか。
もちろん、イランはいまイスラエルの激しい攻撃で疲弊しているが、戦争の決定的な勝利は占領にあるとすれば、今のアメリカやイスラエルにそれが可能であるとはとても思われない。そしてその決定的な勝利がなければ、日本の政権がアメリカに見せるような服従を生み出すこともないだろう。残されているのは親和的な勢力に政府を作らせて後見人となることだが、それはアメリカにとってこれまでの中東や東南アジアでの誤りを繰り返すだけであり、イスラエルにとってはわざわざ兵站の困難な地域への進出という悪夢の始まりだろう。