在宅勤務は経済にとって益なのか害なのか。あるいは、在宅勤務は企業と従業員にとって得なのか損なのか。いまも世界中で議論が続いている。日本の場合、働くというのは組織でという考え方が強いので、在宅勤務はハイテクの企業の一部では評価が高いものの、コロナ禍が後退した時点でオフィスに戻ることが自然に行われた。では、在宅勤務とオフィス勤務を比べたら、どこがどのように良くて悪いのか。かなりの確度で言えることも分かってきた。

在宅勤務させてくれるから今の会社に入ったのに……という人も多い
英経済誌ジ・エコノミスト7月7日付は「在宅勤務は企業文化を破壊するのか?」という記事を掲載している。タイトルだけを見ると企業文化について論じているように見えるが、実は、在宅勤務が優位になる場合と企業文化が大切とされるオフィス勤務が優位になる場合について、すべてではないが、かなり明快な答えを提示してくれている。結論を先に紹介してしまうと、「オフィス勤務は迅速性が要求される仕事ではかなり優位に立つが、そのためには犠牲になるものも多く、たとえば時間的に自由な働き方をしたいワークライフバランス重視派には評判が悪い」ということである。
コロナ禍から脱却しつつあったとき、注目されたのは、最先端ハイテク企業や金融機関のトップたちが、社員を会社に回帰させてオフィス勤務をさせようとする傾向が強くなったことだった。テスラのイーロン・マスクのように「在宅勤務では本当に働いているか分からない」というのはともかく、いまでもユニークな経営者と言われる人の多くがオフィス勤務をさせたがっている。たとえば、ウーバーのCEOダラ・コストシャヒンは「オフィスで勤務をするのは次の成長段階を推進する文化を築くためのもの」と述べ、アマゾンのCEOアンディ・ジャシーは「人びとは一緒にいる時のほうがアイデアをよく共有できる」と言っている。

マスクはもう一人のトランプで、自分が王様でないと気がすまないのだ
ちょっと面白い例としてはマイクロソフトでの調査がある。当然、この企業では在宅勤務が圧倒的になって評価も高いように思われるが、従業員6万1000人を対象にした調査では意外に在宅勤務の欠点が注目されている。「この調査では2020年上半期の在宅勤務によって、『サイロ化(タコ壺化)』してしまい、『ダイナミックさ』を失っているということが明らかになった。また、新しい社員をオフィスに馴染ませる同僚がいなければ、彼らを統合していくのは困難だともわかった」。
しかし、そのいっぽうで、ほとんどのマイクロソフト従業員は、少なくとも仕事の一部については在宅勤務をしたいと考えているという。ピッツバーグ大学のマーク・マー教授とそのチームは、パンデミック後に社員のオフィス復帰を求めた企業では、社員の仕事についての満足度が低下し、離職率が上昇して、企業業績も改善していないことを発見している。マネジメント側と従業員側には、微妙だが大きな意識の違いが生まれているのである。

アジリティとは迅速、つまり情報収集や判断が早いということだ
ジ・エコノミスト誌は、調査会社カルチャーXに協力を仰ぎ、約900社の企業文化指標9項目のデータベースを提供してもらった。さらに、コンサルティング会社ワーク・フォーワードからは1万3000社以上のリモートワークを追跡しているフレックス・インデックスのデータを提供してもらい、この2社のデータを統合して分析を進めたという。その結果、きわめて明瞭に分かったことは、「アジリティ」が非常に大きな判断要素になりそうだということだった。
アジリティとは、市場の変化を予測して、それに迅速に対応する企業の能力だが、従業員に週5日のオフィス勤務を義務づけている企業は、従業員からアジリティについての高い評価を得ていることが分かった。つまり、「オフィスにいれば、はるかに迅速かつ効率的に情報を手にでき、新しい状況に対してより柔軟に対応できる」というわけだ。これは従業員が感じているわけで、他の要素はともかく、自分たちの会社がいかにアジリティに優れているかを実感しているということになる。

下に行くほどブラック的で、右に行くほどリーダーリップが強い
もうひとつ注目すべきことは、「(オフィスでの)勤務時間について厳格な企業は、より柔軟な企業よりも従業員からは(全体として)低い評価を受けている」ということだ。週5日のオフィス勤務を義務づけている企業は、社員が上司から気遣ってもらっているかどうか、リーダーシップの質は高いか、職場における逸脱した行為に対する感覚はどうか、発言や態度の率直さはどうか、ワークライフバランス(仕事と私生活のバランス)はどうか、などにおいて低い評価しかないという。つまり、オフィスで働けと言っている企業は、アジリティが高いところが多く、将来性があるとされる急成長企業でもあるが、そこはブラック度も高い傾向があるということだ。
同誌によれば、この分析には限界があって、従業員への支援や逸脱行為の根絶にあまり力をいれていない企業は、従業員からの働き方の柔軟性向上にも耳を傾ける傾向が低いという、ごく一般的な傾向が出ているだけなのかもしれないと疑っている。「エヌヴィディア、スペースX、テスラといったアジリティで高評価を得ている企業は、従業員と良好な関係を築く傾向がある」というMITのドン・サル教授の指摘があるいっぽう、そういう企業は「従業員への高い報酬、素晴らしいキャリアの機会、その他の特典も多いが、その代償としてワークライフバランスは非常に悪くなる」。

カリスマ創業者は企業の成長により邪魔になることは少なくない
以上がジ・エコノミストの記事の紹介で、「アジリティ」を軸にいまの労働形態を見直そうとしているのはなるほどと思わないこともないが、こうした現象はどこの国でもどこの企業でも起こってきたことではないのか。新しい製品をつくって急伸した企業は、スタートアップ期は労働条件などは考える余裕がないので、必死になって社員に過剰労働を要求する。もちろん、そのいっぽうで給料をあげて臨時ボーナスも出す。経済紙や雑誌が注目して知られるようになるころには、昔の日本なら労働基準局が入って労働環境や給与保証について指導する。企業の成長は鈍化するが、ここからが勝負で、継続して成長するには、労働環境に配慮しつつ新しい製品を出していかねばならない。
こうした新しい段階に入ったころに企業を売却してしまうか、それとも創業者たちが頑張ってみんなで新時代を迎えようとするのかには、たとえばアメリカと日本とでは大きな違いがあったし、いまもあるだろう。アメリカのスタートアップ企業が派手に成長できるのは、新しい局面に投資する仕組みがあるからだとも言われたが、前出のような大成功を収めたハイテク企業の場合には株式市場での資金調達で十分だろう。そのため継続的に成長してきたアメリカの優良企業はスタートアップ期の企業文化を残存させやすいが、しかし、それは成熟企業の温和な企業文化ではない。
おそらくテスラなどは存続のためには、政治をやりたがるイーロン・マスクを追い出して、新しい時代へと移行していくのではないだろうか。そうすればテスラの企業文化は再解釈されて、創業期から成長期とはかなり異なる経営が行われることになる。そうならなければ、成熟段階とは折り合えない企業文化が残存して、テスラ自体が急速に衰退するだろう。いま、まさにそうなりかけている。ジ・エコノミストの記事はどうも企業の成長のある局面だけを、ばらばらに取り上げて混乱しているような気もするのだが。