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東谷暁による「事件」に対する解釈論

日米の貿易協定が妥結で本当にいいのか?;10%下がって喜ぶ日本の政府と財界はどうかしている

日本とアメリカの貿易協定は相互関税を15%に設定することで、いちおうの決着をみたようだ。日本のマスコミも財界も安堵している気配だが、しかし、これはアメリカの一方的な押し付けによって生まれた関税であって、交渉によって25%を15%に下げたことを単純に喜ぶわけにはいかない。石破首相はこの仕事を最後に退くようで、それなりの役割を果たしたと思うが、いっぽう、アメリカとのきわどい交渉を続けるなかで、石破の足を引っ張り続けていた自民党内部の責任は残るだろう。


英経済紙フィナンシャルタイムズ7月23日の速報「米国と日本が貿易協定に合意」は、ひととおりの情報をまとめた程度のものだが、それでも日本のNHKニュースほど喜ばしい話が並んでいるわけではない。「15%の課税率は、トランプ大統領が今月初めに書簡で脅した25%よりは低いが、両国が交渉中に施行されていた10%の税率よりは高い」。「日本の首席交渉官の赤澤良成は、鉄鋼とアルミニウムへの50%の関税や防衛費の約束は貿易協定には含まれていないと述べた」。後半の部分、本当だろうか?

また、速報だけあってちょっと荒いところもある。「自動車部門は日本経済の柱であり、アメリカとの貿易黒字630億ドルの大部分を占めている」。たしかに日本のアメリカに対する輸出のなかで、自動車の割合は大きく輸出金額の28.3%(2024年)を占めているが、これを赤字の「大部分(バルク・オブ)」といえるだろうか。これは、貿易赤字全体の金額と自動車だけの金額が近いというだけのことで、自動車だけが赤字を作っているのではない。そもそも、いまの経済のなかでモノの貿易だけを問題にしているトランプは、かなりおかしな人間であることを、もう忘れているのだ。


トランプ大統領は、日本がアメリカに5000億ドル以上を投資すると述べたが、誰がどれくらいの期間で投資するかという詳細については明らかにしていない。『私(トランプ)の指示により、日本はアメリカに5500億ドルを投資し、アメリカはその利益の90%を受け取ることになる』と彼は述べ、その資金の流入によって数十万人の雇用が創出されると主張している」

5500億ドルも投資すれば大きな見返りが生まれるはずだが、「その利益の90%を(アメリカが)受け取る」というのはどういう意味だろうか。そもそも投資額が分かっていても、やってみなければ利益がどれくらいあがるか分からない。たとえシミュレーション上の数値だとしても、その90%をアメリカがとるというのなら、これは「やらずぶったくり」ということなのだろうか? どう考えてもこれはタヌキの皮算用以外の何ものでもない。しかも、経済学的にきわめておかしい。さて、次の部分はしっかり読んでおきたい。


アメリカの自動車業界団体は、このニュースに慎重な反応を示した。『アメリカ産部品をほとんど含まない日本からの輸入車に、アメリカ産部品を多く含む北米製自動車に課せられる関税よりも低い関税を課すような協定は、アメリカの自動車産業アメリカの自動車労働者にとって不利な協定というしかない』とフォード、GM、ステランティスを代表するアメリカ自動車政策協議会のマット・ブラント会長は述べている」

さらに同記事は「この貿易協定は、石破首相が率いる自民党参議院で敗北し、国を指導し法案を可決する石破首相の能力が著しく低下した数日後に成立した。日本のメディアは水曜日に3人の首相経験者と会談する予定の石破首相が来月にも辞意を表明すると報じた」と述べている。こういう感覚は日本のメディアにはいまやなくなってしまい、前出のNHKの報道などでは「よかった、よかった」という雰囲気がだらしなく立ち上っている。しかし、この協定は日本が政治的にきわめて不利な時期に、むりやり妥結させられたものであることを忘れるわけにはいかない。10%下がって何とかなるかもしれないと思うのはあるかもしれないが、そのときでも顔には苦悩や無念の影が浮かんでいなければならないはずである。


なお、米経済紙ウォールストリートジャーナル7月22日付は短い「米国と日本が貿易協定に合意」を掲載しているが、特に際立った指摘は見当たらない。ただし、鉄鋼についての部分で、「しかし、赤澤は現在50%となっている鉄鋼に対する同様の関税には変更はないと述べた」となっていて、フィナンシャル紙の「鉄鋼とアルミニウムへの50%の関税や防衛費の約束は貿易協定には含まれていないと述べた」と微妙な違いを見せている。

トランプ政府の高官が公言していたことだが、「われわれの交渉は、まずぶんなぐってへこまして、それから話をする」というのがトランプ政権のやりかたである。繰り返すが、そもそもトランプ政権の関税のかけかたは、何の経済学的根拠もない、そのとき次第の恫喝戦略なのだ。それに耐えてなんとか10%のご褒美をもらった石破政権は、むしろよくやったほうかもしれない。しかし、交渉の最中も脚をひっぱりつづけた、自民党内部の連中は、これから本当に自分たちが石破にかわってやっていけると思っているのだろうか?

【追伸】23日午後4時ころ、石破が続投を再び表明したとのニュースが流れている。首相経験者3人との会談を行ったあとなので、これは本気なのだろう。ただし、これは積極的な続投というより、自民党の長老たちも石破に代われる首相役を、強い意志をもって主張できなかったということなのだ。これから自民党内部から退陣要求がでてくるだろうが、その人たちを冷静に観察して、とくに顔をよく見て、ほんとうにこの人は首相の任務を負えると自分で思っているのだろうか、あるいは、自分は新しい政権の核の部分を担う人物だと思っているのだろうかと観察するのは面白いかもしれない。