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東谷暁による「事件」に対する解釈論

中国の核兵器急拡大が世界の核戦略を変える(1)アメリカが求められる決断とは何か?

中国の核戦略が大きく変わったことで、いま世界の核戦略全体が大きく変わろうとしている。中国は核攻撃を受けたときに反撃することを前提とした核武装だったが、習近平時代に入ってから急速に核戦力を拡大しつづけ、すでに核弾頭の数が600に達し、2035年までには1500に到達すると推定されている。アメリカは最大の核弾頭数を持つロシアと共に核弾頭を急増している中国への対応も根本的な変更を迫られている。


米外交誌フォーリン・アフェアーズ2025年7月/8月号はヴィピン・ナランとプラナイ・ヴァディの「いかにして新核時代を生き抜くか」を掲載している。ナランはMIT教授で核戦略の専門家、『現代の核戦略』『核兵器を追求する』などの著作で知られる。ヴァディは同大学核安全保障センターの上級研究員。この共同論文は中国の急激な核戦略の変更が生み出す事態へのアメリカの対応について考察したものだが、結論を先にいえばアメリカはこれまでの核戦略を基本的には維持して、拡大するコストを受け入れ、ロシアと中国との鼎立に立ち向かっていくべきだと主張している。

まず、彼らは中国が急速に核武装の規模を拡大していることについて次のように受け止めている。「これまで数十年にわたり最小限の各能力にとどまってきた中国が、2019年の約300発の核弾頭数を2035年までにほぼ5倍に増加させる趨勢にあり、ロシアとアメリカに匹敵する核兵器保有を目指している」「アメリカが複数の核武装大国から同盟国を同時に抑止・防衛しなければならないことは一度もなかった」。


そのため、1)ロシアと同じように中国と北朝鮮も、核兵器を他国への攻撃計画に組み込んで盾として用い、近隣の非核保有国への通常兵器による侵攻を試みるかもしれない。2)中国とロシア、あるいは北朝鮮とロシアといった2カ国以上の核保有国が、同時に周辺国への軍事攻撃を行うといった事態が起こる可能性が高まっている。3)数十年にわたって核拡散を阻止し、アメリカの友好国に安全保障を与えてきた核ガードレールが急速に腐食し、アジアと欧州の一部の国は独自の核武装を検討している。そこで―

「冷戦の終結以降初めて、ワシントンはより多くの、より多様な、より優れた核能力を開発して、それらを新たな方法で推進し始める必要がある。問題の大きさを考えると、核問題はもはや少数の専門家集団が管理する、マイナーな問題として扱うことはできない。政府最高レベルの担当者たちは、アメリカにとって極めて重要な利害関係をもつ地域、欧州、インド太平洋、中東のそれぞれにおいて、核問題を中心的な防衛政策に組み込むことが要求されている」


繰り返しになるが、こうした事態が深刻度を増しているのは、中国がこれまでの「先制不使用」の姿勢を完全に放棄して、アメリカやロシアに匹敵する、あるいはそれらを超える核兵器を保持しようとしているからだ。過去10年の間に、習近平は自国の核戦力を驚くべき規模の拡大を実現してきた。数百基の新たなICBMサイロに加え、低出力の弾道ミサイル、巡行ミサイル、極超音速運搬システム、またアメリカのミサイル防衛網を回避するように設計された軌道弾道運搬システム、核による先制攻撃に耐えるよう設計された拡張可能な潜水艦配備などの抑止力が含まれているという。

いっぽう、これまでアメリカの核戦略は、いかなる敵国にたいしても、アメリカとその同盟国にたいして政治的・軍事的目標を達成するために、核兵器を使用するという道はないと確信させることに重点を置いてきたという。そのためには、1)最も重要なのが、アメリカの核兵器は先制攻撃に耐えて、それに対する報復を確実に与えられること。2)攻撃をしてくる国がアメリカと同盟国に与える損害を可能な限り縮小できるようにすること。3)アメリカの核戦力は最初の交戦後も十分な核能力を存続し、敵によるさらなる攻撃や他の国からの核攻撃を阻止できることが求められる。

この表については、文末の【付記】を参照のこと


こうした前提で今後を考える場合、はたしてここに掲げた3つの条件が守れるかといえば、かなりの困難が伴うようになってきたことが、いまアメリカが新たに決断をしなければならなくなった中心的な理由なのである。決断については大きいものだけで2つある。ひとつが、「カウンターフォース・アプローチ」か「カウンターバリュー・アプローチ」かの選択である。アメリカが採ってきた核戦略は「カウンターフォース・アプローチ」であって、「敵の核戦力そのものを標的とするために、十分な数量の核戦力と非核戦力の両方を配備する」というものだった。

このアプローチに対抗する考え方としては「カウンターバリュー・アプローチ」があり、この場合には標的は敵の核戦力ではなく、重要な人口密集地、インフラ、政治支配や経済繁栄の源泉になる。このカウンターバリュー・アプローチの場合には、敵の人命や生活を破壊することによって、いわば「音を上げさせる」ことで目的を達成する。手段としては潜水艦からのミサイル発射が想定され、敵の先制攻撃に対して大都市やインフラを狙うことになるわけである。

カウンターバリュー・アプローチにはもちろん道徳的な問題が横たわっているが、たとえそれを考慮しないとしても、本当に効果的なのかという問題と、さらなる敵からの報復が行われたとき、自国民の人命と生活が脅かされることになるという問題が生じる。そしてまた、カウンターバリュー・アプローチを採用した場合、同盟国を防衛するためにアメリカが核兵器を本当に使用する意思があるのか、同盟国に疑問を抱かせることになりかねないという問題もあるという。つまり、他国を核攻撃から守るために、自国の国民の生命や財産を危険にさらすことが前提となってしまうという意味である。


ちなみに、核武装さえしていれば報復を恐れてその国を攻撃できないというドグマが一部に存在している。日本での議論においてもときどき登場する。それが正しいとすれば道徳問題も解消してカウンターバリュー・アプローチこそ有効だということになるが(単なる心理的恐怖だけで終わるので)、ほんとうにこのドグマが正しいのかという問題については、いまだに歴史的実例も実験的事例による証明は存在していない。

あるのは核武装をしていても通常兵器での攻撃ならいくらでも起こっている(イスラエルを巡る戦争や印パ紛争)という事実である。印パ紛争は犠牲者の数からして「戦争」ではないとの説があるが、これなどは一種の議論上のテクニックである疑いが強い。また核拡散すればするほど世界は安定化するというテーゼについても、リアリスト政治学者のスティーヴン・ウォルトですら、本当にそれがイランの核保有について機能するのか「その種の実験はしてみたいとは思わない」と述べているほどで、これなど推論だけで信頼すべきではない「仮説」と見なすべきではないかと私は思う。それは誰が言ったからとか、アメリカで戦略論を勉強すれば分かるとかいう問題ではないはずである。

ナランとヴァディはアメリカが核戦略における世界のリーダーシップを再確認するには、安全保障と核抑止力を維持するために支払うコストがどれだけであろうと、「同盟国ネットワークがなければアメリカは将来的に安全になることはない」と断じ、カウンターフォース・アプローチ」を維持すべきだと主張している。これはかなりの困難が待ち構えていると思うが、「この新たな核時代において信頼できる戦略を維持するために、アメリカはまず世界の現状を認識し理解することから始めなければならない」というのは正しいだろう。

したがって、この姿勢からくるもうひとつの決断は「アメリカに必要なのは、核戦争に備えることではなく、その勃発を防ぐこと」であることを改めて自覚することだという。「アメリカは抑止拡大を再確認するだけでなく、たとえ今日の環境下でははるかに困難になったとしても、軍備管理と核リスク削減の取り組みを再開するよう努めるべきである。アメリカは自らの核態勢を調整することで、中国とロシアを交渉のテーブルに着かせるべきなのだ」。

【付記】このナランとヴァディがこの論文で論じている内容はかなり多く、また検討すべき点も多いので、何回かシリーズとして詳しく紹介したいと思っている。とくにナランはこの論文ではアメリカが世界の核戦略をリードするための提言をしているが、そのいっぽう『現代の核戦略』や『核兵器を追求する』などでは世界の国ぐにが「核の選択」にいたる過程や、具体的にどのような「核の選択」になるかについて、さまざまなバリエーションを検討している。ナランはリアリストやオフショア論者ではないが、核の選択についての細かな分析が重要なのでそれも紹介したい)