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東谷暁による「事件」に対する解釈論

EUがトランプのゴリ押しに屈服;関税は15%で対米投資6000億ドルはやっぱり不当だ

アメリカとEUとのあいだで関税をめぐる合意が成立した。EUの関係者たちが、15%との数値をみて日本と同じだと思い、日本の政府やマスコミと同じように安堵しているのだろうと思ったら間違う。EUはかなりのきわどい報復措置を掲げて交渉し、結局、予想されていたようにEUの加盟国の足並みの乱れや、業界間の温度差のために、この不当な数値を受け入れざるを得なくなった。この数値は以前の1.6%から10倍に近い数値だ。


まず、英経済誌ジ・エコノミスト誌7月28日付の「欧州はトランプの貿易悪夢を終わらせようとしている」を見てみよう。冒頭の段落の最後は「EUはトランプ大統領を満足させる譲歩をしつつ、経済へのダメージを最小限に抑えるという難しい綱渡りを成し遂げた」という文章なので、あたかもEUが勝利しないまでも負けなかったらしいと思うかもしれない。しかし、そうではない。

「これはトランプが大統領になる前の税率(1.6%)の10倍にも相当する。しかし、最悪のシナリオがあまりにも深刻だったため、欧州の貿易交渉担当者たちは、かつての黄金時代に近い状態に戻ることをあきらめた」「これは苦境に立たされている欧州の自動車メーカーにとって(最悪のシナリオと比べれば)救済となるだろう」「シンクタンクキール研究所の試算によると、ドイツの工業生産は短期的にマイナス0.15%の打撃を受ける。フランスとイタリアへの影響はほとんどない」。

フィナンシャル紙より:EUのアメリカへの輸出は世界第2位


次に、英経済紙フィナンシャルタイムズ7月28日付の「米国とEUは貿易戦争の回避のために関税で合意にいたる」を見てみよう。「この合意は、数か月間、高額な関税をちらつかせ、アメリカの貿易相手国に厳しい交渉を強いてきたトランプ大統領にとっての勝利となる。ただし、合意条件はすでにEUが加盟国に準備するように伝えていた内容と一致している。トランプは合意を発表した際『これはおそらく、貿易面でもそれ以外の面でも、これまでの最大の合意だ』と述べた」。

ここで合意の内容を簡単にまとめておこう。1)アメリカへの欧州からの輸出品のほとんどに15%の関税を課す。これは自動車も含まれる。2)航空機や半導体製造装置から一部の化学薬品、原材料にいたるまで、関税がゼロになる品目についてのリストが作成される。3)EUアメリカ製の燃料とAIチップの輸入を増やし、アメリカに6000億ドルを投資することを約束。ここらへんは15%と5500億ドルだった日本と似ているが、その関連は不明である。


では、なぜEUはトランプのアメリカに対して反発し、そして、報復措置も準備したのに、このように日本並みの結果となったのだろうか。それはいうまでもない、余りにも多様なEUの加盟国間での利害関係が複雑だったこと、また、産業ごとに利害関係が異なり、報復措置を行ってアメリカと貿易戦争となることを忌避したい関係者が多かったこと。そしてEUの委員長と、報復措置を辞さないとしてその計画を進めてきたEU高官との意識にズレがあったためといえる。これらについてはフィナンシャルタイムズ7月28日付のリポート「EUはいかにしてトランプの関税圧力に屈したか」に詳しい。

そもそもトランプは、EUを利益の多いアメリカ市場から搾取しながら、自分たちは規制や基準で自己利益は守っている「寄生虫」と見なしており、EUは「アメリカを困らせるために作られた」ものであり、「中国よりも悪質だ」との見解を表明し続けてきた。EUがアメリカの経済攻勢に対抗するために作られたことは部分的にはそのとおりで、中国などよりも理由を延々と述べて望まない合意を回避しようとする、多弁な政治経済共同体であることも確かだろう。


しかし、この政治経済共同体は、世界で一番アメリカに物品を輸出していながら、政治的にはいくつもの分断があり、たとえば自動車への関税などでGDPが0.15%低下する国もあれば、ほとんど影響を受けない国も存在する。いっせいにアメリカと戦えばかなり有利な戦いになるが、バラバラではとてもかなわないのだから、アメリカとしては分裂を促すような条件をちらつかせればよかったわけである。たとえば、アメリカが課す罰則的規制が売上を下げるよりは、利益率が下がっても売上が維持される関税のほうがいいと考える企業人は多いという。

あるEUの外交官にいわせれば「トランプは校庭のいじめっ子なのに、私たちは他の子たちといっしょになって彼に立ち向かわなかった。団結しない子供たちは別々に残酷にいじめられるだけだ」と語っている。また、せっかく団結しても、その時期が間違っていると効果はない。元EU委員会職員のゲオルグ・リーケレスは、アメリカの製品に930億ユーロの報復関税を課すという報復をちらつかせたのが、残念ながら遅かったと指摘している。

日本経済新聞より:同紙によるまとめ


「今年1月にトランプが大統領執務室に復活した時、EU委員長のフォンデアライエンにはまだ考えをまとめていなかった。EUの交渉のベテランであるザビーネ・ウェイアンドが率いる貿易担当官たちやフォンデアライエンの通商顧問トーマス・バートの専任チームは、すでに何カ月も前から、対トランプ対策計画を進めてきたのに、それは日の目を見ることなく、複雑な試みは水泡に帰してしまった」

また、ドイツは自動車輸出について早くから対策を考えていたが、「それはアメリカで製造・輸出するドイツの自動車メーカーに関税軽減を提供するための複雑な相殺制度であって、その成立に躍起になっていた」。アメリカは自動車だけを対象にしているわけではないのに、ドイツの政府としては自動車がなによりも問題となっていた。

ここらへんも日本の事情と似ているかもしれない。問題はドイツがトランプ政権とルールに基づく交渉ができると思っていたことで、同紙は「EUのテクノクラートたちがクイーンズベリー・ルールでボクシングをしていたころ、トランプはニューヨークのストリートファイトをしていた」と揶揄している。クイーンズベリー・ルールとは19世紀にロンドンで隆盛をみたボクシングにおいて、グローブを着けるなどのルールが生まれたことを意味しており、また、ストリートファイト云々は、トランプが若い頃にどうしようもない不良で、路上でナイフをもってルールなしの喧嘩をしていたとの伝説に基づいている。切れのあるジョークだが「基礎知識」がないと笑えないのが残念である。

いまも昔もルール無視であることに変わりはない


業界によっても当然のことながら利害がバラバラだった。たとえば、EUが報復としてアメリカのバーボン輸入を禁止しようとしたところ、トランプ大統領はEUの蒸留酒メーカーに耐えられないような攻撃をしかけると表明した。このときフランス、アイルランド、イタリアが禁輸リストからバーボンを削除するようEUに働きかけたところ、禁輸総額が260億ユーロから210億ユーロに下がった。さらにEUの加盟国がリストからの削除を提案していた他の禁輸品がすべて解禁になるとすると、リストに残るのは90億ユーロ相当の品目になってしまうところだったと、当局者がフィナンシャル紙に語っている。

そもそも、委員長のフォンデアライエンと報復措置を考案していたウェイアンド率いる担当者たちとの間には、最初から亀裂があったという話もある。常にハト派であろうとするフォンデアライエンは、当初より報復措置には乗り気ではなく、ウェイアンドたちの必死の努力も無になる運命だったとの指摘もあるようだ。

あるEUの大使は「EUがトランプの強大なゴリ押しに圧倒されてしまったという事実は否定できない。トランプは我々の痛みの限界を正確に把握していた」と述べているという。日本の場合はどうだったのか。いまのところ、甘ったるい日本担当者の交渉成功譚はあっても、こうした本当の厳しい内部事情の暴露と悔恨の情の吐露といった、肝心な部分が公表されていないように思われる。