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東谷暁による「事件」に対する解釈論

トランプ関税の損害を抑える秘策とは?;米国が高インフレになるまでの切り抜け策【増補版】

いよいよトランプ関税は8月7日より適用されて、日本からの輸出品には15%の関税がかけられることになる。関税をかけるのは輸入をする国の勝手だが、その交渉のやり方から適用の仕方にいたるまで、アメリカのというよりトランプの気まぐれで決めたような「勝手関税」というべきものだった。それなのに日本の輸出企業はおおむね冷静に見える。また、同じような扱いを受ける欧州の企業の反応も同じようなものだ。なぜだろうか?(【増補】の部分は文末をご覧ください)

この人物とは、本当の会話なんかできるはずがなかった


最初に結論をいっておけば、トランプのやり口に呆れてはいても、短期的にはなんとか売上を維持することを重視し、利益率の低下はやむを得ないと見ている。アメリカ国内での競争力が落ちないような方法でアメリカ国内に製品を送り込んで、多少の儲けが減るのは承知のうえで、様子を見ようというのがホンネだろう。下手に違法ぎりぎりのことを試みるのは危険だし、ましてやトランプへの露骨な報復を行うのは、リスクと損失が増加するだけだというわけだ。

経済誌ジ・エコノミストは「トランプ関税の痛みを感じるのは誰か?」との記事で、輸出国側の企業が試みようとしている戦略について、推測を含んだ分析を行っている。最初に掲載されたのは7月27日付の電子版だが、8月1日に更新された。これから紹介するのはこの更新版に基づいている。要するに税金を払うのは輸入元でアメリカの企業だが、売れ行きを落さないために輸出側の企業も協力しようとしているということである。

大戦後の趨勢からするとトランプ関税はいかに異常かが分かる


まず、回想から始めよう。2024年つまり昨年は、アメリカの関税の平均値は2%だった。いまやアメリカの実効関税は平均値で16%を超えた。8月7日からはさらに上昇することになるが、すでにアメリカと協定をむすんだ国ぐに、日本、EU、韓国の場合は15%に上がり、インドは25%、南アフリカが30%、カナダが35%となる。中国に対しては、いまの時点では(8月1日)、約40%の関税がかかることになる。

関税をあげれば物価が上がって、その結果、輸入国のインフレの原因となるというのは経済学の常識なのだが、すでに16%もの関税をかけているのに、アメリカのインフレ率は2%台と穏やかなものにとどまっている。そこでトランプ周辺の連中は、関税をかけるとインフレが起こるといっている経済学者が間違っていると言いふらしている。しかし、これは誰かが、何らかの理由で、何らかのやり方で、関税がかかっても価格への影響を抑えていると考えるのが理にかなっている。

アメリカの港湾にある倉庫には「在庫」が殺到している


「この驚くべき結果の理由は何だろうか。ドイツ銀行の調査によれば、貿易戦争の代償を支払っているのは消費者ではなく、アメリカ企業であり、利益の減少を受け入れている可能性があるということだ。また、関税導入前に在庫を積み増した企業もあり、当面は値上げを回避できている」。そして、これが重要なのだが、輸出するほうの企業もこれに協力している。「海外の輸出業者もトランプ政権の最初の任期中よりも多くの負担を分担することになりそうである」。

任天堂はゲーム機スイッチ2のアメリカでの価格を499.99ドルに据え置いている。これは何らかの形で負担を輸出元と輸入元が吸収することを意味する。多くの中国メーカーも、任天堂を見習って関税のかなりの部分をどこかで吸収する用意があるらしい。たとえば、カトラリーのフーリンは顧客が「関税増加コストの一部」を負担することを期待しているという。韓国の化粧品ブランド、ティルティールなども、何らかのやり方で関税の大半を吸収できると示唆している。

はたしてこの人物はホワイトハウスの主にふさわしいのか


シティグループのアナリスト、キム・ジンウクは最近のレポートで「少なくともいまのところ、韓国の自動車輸出企業は、アメリカの関税引き上げ分のコストを負担している証拠がある」と述べている。また、日本銀行は韓国の対米自動車輸出価格を追跡しているが、円建てて見ると過去1年間で26%下落していることを観測している。この下落の一部は為替レートの変動を反映している可能性があるが、いっぽうで、日本の自動車メーカーはドル建て価格を引き上げてはいないので、対応の仕方はいろいろだといえるかもしれない。

「我がエコノミスト誌は、カナダ、ドイツ、韓国など、アメリカの主要貿易相手国からの輸出価格に関する調査をまとめた。それによれば、これらの国の輸出業者はこれまで、価格引上げにまったく抵抗がなかった(平気で状況によって価格を上げていた)。2021年から2022年にかけてのインフレ急伸時期には、12カ月で15%も価格を引き上げていたものだ。ところが、この1年間では、(奇妙なことに)、これらの国の輸出品の現地通貨建て価格はむしろ3.6%下落しているのである」

この1年で、むしろ輸入品の価格はさがっていた


この奇妙な現象の謎解きはいちおう行われている。一部のエコノミストは、輸出側(アメリカ外)が報告する価格と、輸入側(アメリカ)が支払っている価格との間には乖離があると指摘している。たとえば、日本車のアメリカ側輸入価格が急落したという証拠はまったく見つかっていない。いっぽう、ロンドンのエコノミストたちは、アメリカに輸出される製品はアメリカの港に到着するまで時間がかかることが、この謎を解く鍵になるのではないかと推測している。

このブログでも他の記事を引用するなかで、たとえばヨーロッパの企業がアメリカとの交渉中に、売上が減ってしまうよりも、報復措置でダイレクトな損失をするほうを恐れていることを指摘した。また、中国の企業が交渉を継続している間に、かなりの数量の製品をアメリカの港湾にある倉庫に収納していることも紹介しておいた。この種の倉庫は1年ほど先の需要に備えることができる制度を利用したものだが、その費用が急騰してしまっていることも指摘されている。

EUは報復措置まで用意したが妥協策に落ち着いた


「しかし、それにしてもなぜ、アメリカに製品を輸出する企業はこれほど寛容なのだろうか。彼らは今アメリカの消費者の雰囲気を以前よりも気にするようになっている。コロナ禍による高インフレがまだ記憶に新しい今、消費者はあらゆるものが高いと感じている。彼らはさらに高い買い物をすることに、もう我慢できなくなっている。いっぽう、海外の輸出企業は、いまのところ関税に耐えられる財務体質を持っている。新興市場の企業はこの10年で総利益率を2%上昇させ、欧州の企業も同じような利益を享受している」

では、こうした輸出側の忍耐はこれからも持続するのだろうか? もちろん、そうではない。「まもなく、アメリカ経済は貿易戦争の痛みをより深刻に感じることになるだろう」。これまでコストを負担してきた海外の企業も、関税率がさらに上げられれば、永遠にそれを負担し続けることはできなくなる。「アメリカ大統領は、インフレを懸念している経済学者たちだけでなく、あらゆる分野で人びとを挑発してきたが、次第に、彼にとっての最大の敵は実は自分自身だったことに、気付かざるを得なくなるのである」。


こうした関税の損害を最小にする対応策には、もちろん大きな矛盾がある。日本やEUなどの企業が必死になればなるほど、アメリカのインフレは抑制され、トランプはますます図に乗る危険性がある。しかし、たとえば中間選挙までこの状態が維持できれば、その間に現地での価格をじわじわと上げていくことは可能だろう。そうなればアメリカ国内の企業も同じことで、製造業もサービス業も価格を低く抑えることはできなくなる。インフレと不況が同時進行するスタグフレーションはいずれやってくる。それがどれくらいの期間かかるか、対米輸出企業の耐久性とのチキンレースになるかもしれない。

【増補】予想されたことだが、文書化されていないために、トランプ政権は口頭での妥結をいくらでも無視できると思っていたことが、いま明らかになっている。それならそれでいいと覚悟を決めるしかないと思われるが、当面、トヨタのように1兆円を超える損害がでると予想される企業はそんなことは言っていられないというだろう。

日本でも国民民主党玉木雄一郎などは、Xにさもありなんといった調子で、「結局、合意については文書化が必要だと強く感じている」とのコメントを投稿している(ロイター、10月7日付)。日本政府筋は「細目を決めていく必要があるので文書化は当面しないという話だった」と、だってアメリカが言っていたんだからという意味のコメントをしていて、ちょっと情けない。これはEUが文書化をした例(日本との合意より後だったが)があることからすれば、やはり甘かったと言わざるをえない。また、EUの場合には報復処置をを準備していることを公表していたこともあって、日本も闘う姿勢を見せたほうがよかったと指摘する論者やジャーナリストも少なくない。

しかし、そもそもトランプ政権というのが、ゴロツキ集団であることは自明のことで、ゴロツキに約束を守れといっても意味がないというのが、いまのところ妥当な教訓というべきだろう。トランプ政権を成立させてしまって最も損をするのは、ほかならないアメリカなのだということを思い出して、多少の慰めにすべきかもしれない。英経済誌ジ・エコノミスト8月1日付は「トランプの呆れた貿易政策は、結局、彼に帰って来る」を掲載していたが、大きなブーメランに強打されるのはトランプだけではない。

「たとえ、将来のアメリカ大統領がトランプの関税を撤廃しようと思っても、この関税で救われたと思い込み、競争力を失ってしまったアメリカ企業は、こんどは撤廃に反対することになるだろう。ほんとうに得をしたのかよく分からない消費者も、新しい変化に賛成したくない人が多いだろう。そして、人気を失いたくない政治家たちも関税率を下げることには積極的になれないに違いない。トランプが引退してからも、トランプ関税はずっと継続されることになるだろう」

つまりは、アメリカを短期的にはスタグフレーションで痛めつけ、長期的には世界において競争力を低下させるトランプ関税は、ちょっとやさっとのことでは是正されないというのである。そのうち、アメリカが大英帝国を超えたのは、関税による貿易政策だったという米経済学者も出てくるのではないだろうか。そうなると、いつものように日本の経済評論家たちのなかには、NWTSとか命名して、新しい賢い関税戦略を振り回す者も登場すると思われる。もちろんその損害は世界に及ぶだろうし、とくに新興輸出依存国にとっては苦しいことになる。しかし、そのころに(数年後?)は、何が何でもアメリカ市場を目指そうという企業は、今よりずっと減っていることだろう。