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東谷暁による「事件」に対する解釈論

日米の「合意」が曖昧なのはトランプの責任;EUを含めて米国との合意はすべて危い

トランプ関税と付帯的な合意について、日本とアメリカとの認識の齟齬が明らかになり、その後、再確認されたとはいうものの、石破政権の責任を問う論調がある。しかし、問題の根本はトランプ大統領の強引な手法にあり、それは他の国との交渉においても顕著なのである。旧安倍派とそのバックアップを務めてきたマスコミは、今回の日米における齟齬を指摘して、さらに石破首相の退陣を迫ろうとしているが、それはお門違いも甚だしい。


英経済紙フィナンシャル・タイムズ8月9日付は「いかにしてトランプは関税を外交的脅迫に転用したか」を掲載して、トランプ政権のEUや日本との「合意」について述べるとともに、ブラジルなどBRICsに対する甚だしい関税による脅迫行為を指摘している。トランプはいまや自分の行った行為に酔って「これはまだ序の口だ。わたしの政策によってアメリカは非常に豊かになった」とうそぶいているが、まったくの幻想というしかない。

「世界中の多くの貿易専門家や政府関係者は、経済政策と政治的結果を明確に結びつけることは、合意が成立したか否かにかかわらず、トランプ大統領がその時々の目的に応じて、アメリカの関税を勝手に上げたり下げたりする可能性があるため。トランプの貿易政策をめぐる不確実を高めると述べている。ダートマス大学のダグラス・アーウィン教授は『これまで成立したとされるすべての合意は危うい。2週間くらいは持つかもしれないが、トランプが押し付けた関税や合意に何の根拠もないのだから』とすら述べている」

フィナンシャル紙より:世界中に好き勝手に関税をかけるトランプ


同記事のなかで日本とトランプ政権との間で成立したとされる合意について述べた部分を見てみよう。「トランプは日本がアメリカに5500億ドルの投資を約束し、これらのプロジェクトから得られる利益の90%がアメリカに還元されると述べている。しかし、日本政府関係者は、アメリカが90%の利益を手に入れたいなら、それに見合う割合のリスクと資金を負担する必要があるだろうと述べている」。これは実にもっともな指摘だろう。

「最大の問題は、こうした意見の相違が将来的に更なる対立につながるかどうかだ。ホワイトハウス当局者は、アメリカ政府が今回締結した合意を破棄したり修正するとは考えておらず、状況の大きな変化がない限り合意はくつがえらないだろうと言う。もし、そのような変更の可能性が残れば世界貿易システムに、恒久的な不確実性をもたらすことになるだろう。しかし、貿易専門の法律家テッド・マーフィーは『トランプがEUに対して6000億ドルを要求しているが、それには何の根拠もないのだから、それが7000億ドルになり8000億ドルに変わることを、どうすれば阻止できるのか』と述べている」


EUは合意内容について文書化したし、また、アメリカへの報復措置を準備しつつ交渉を行ったことが、合意内容に根拠を与えているとの指摘がある。文書化もしなければ報復措置も考えないで合意した日本とは違うというわけだ。この点については、たしかに一面の正しさがある。ただし、それは交渉相手がまともな国のまともな政権であればの話である。フォーブス電子版8月9日のマイク・オサリバンよる投稿「壮大な虚飾にまみれたアメリカ・EU貿易『合意』には、曖昧さとリスクが残っている」によれば、必ずしもそうでなかったことが指摘されている。

アメリカとEUとの貿易交渉合意は、いまにいたるまで勝者が誰なのか分からない。それはこれが本来の意味での『貿易協定』ではないからなのだろう。今回の合意のかなりの部分は単なる約束に基づくものであり、あるいは見かけの合意にすぎない。関税は15%というのはアメリカと日本との合意に似ているが、たとえば、ワイン、蒸留酒、鉄鋼、医薬品においては、まだ最終的な関税率が決まっていないのである」


ここでもオサリバンはアメリカとEUとの「合意」には根拠がないことを指摘している。たとえば、EUがアメリカに6000億ドルを投資することになっているが、その金額がいったいどこからきたのか分からない。また、EUはこれからアメリカから3年で7500億ドル相当のエネルギーを購入することになっているが、これは全く非現実的というしかない。アメリカのエネルギー企業側にしても、EUからこれほどの規模の需要に応えつつ、アメリカ国内にもこれまで同様に供給していく能力を持ち合わせていないのだ」。

日本経済新聞より:米EU間でも見解の相違は多い


アメリカとEUとの「合意」がどれほどの曖昧さと根拠のなさを示しているかについては、実は、日本経済新聞7月28日付の「米EU関税交渉合意、『貿易戦争』寸前で回避でも解けぬ緊張」で詳細な分析を掲載している。細かい点については、同記事のなかで2つの表が掲示されているので、それをじっくり見ていただきたい。そこに確実なアメリカとEUの経済関係の見通しを読み取ることはかなり難しいだろう。

日本経済新聞より:根拠のない関税であるがゆえに何の整合性もない


日経は8月7日付でもトランプ関税についてのデータ的にしっかりした記事「トランプ関税、見切り発車で発動 日本以外との国とも合意巡り見解対立」を掲載してくれている。こうした記事を読めば、ただひたすらに石破首相を引きずり降ろすために、聞くだけで胸が悪くなるような、旧安倍派の政治家や評論家たちの口汚い、品位のない、知性もない、そしてトランプと同じく根拠のない言葉を聞きたくないと思うだろう。

日本経済新聞より:報復的あるいは懲罰的な関税も多い


「米国の相互関税が7日、新税率に移行した。日本の税負担を軽減するという約束は実現しないまま発効した。トランプ米政権は日本や欧州連合(EU)などと関税交渉で合意したと発表したが、見解の食い違いが目立つ。火種を残したままトランプ関税は新たな段階に入った」(日経同記事)。たしかに、石破政権はアメリカ側と合意文書を作らなかった「失策」があるかもしれない。しかし、それについても朝日新聞8月9日付が「関税リスク 読めず 消えず トランプ政権 ずさんな対応」で指摘している次の事実を読んでおきたい。

「複数の政府関係者によると、日本側は当初、文書の作成をめざしたという。だが『とんでもないもの』まで米側が書き込もうとしたため、諦めたという。その結果、合意は『口約束』にとどまることになった。政府は『日米間で齟齬はない』と繰り返すが、今後も混乱は起きかねない」

吠える前に少しは考えてはどうだろうか


この記事のなかで「とんでもないもの」がなんであるかが、ちゃんと分かるように書いていないので、ちょっと迫力に欠ける結果となっている。しかし、おそらくは日本側がかなりの負担を強いられるような事項を、日本側がすでに認めていることになるような、とんでもない記述だったのだろう。