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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ポピュリスト経済が世界を覆う;はたして日本は脱却できているのか

ポピュリズムとは何か? それは自分たち以外の者たちが抱く嫌な思想なのだ。ポピュリストとは誰か? それは自分たち以外の嫌な人間たちなのである。いまさらこんな話はしたくはないが、ポピュリズムと今の経済政策は密接な関係にある。消費税の減税・廃止や給付金政策が右からも左からも提示される現象は、いま世界を覆うポピュリズムが可能にしている。冷静に観察し判断するためには、自分がポピュリストではないなどと、けっして信じてはならない。


英経済紙フィナンシャル・タイムズ8月24日付に掲載された「ポピュリスト経済に注意せよ」は、世界的なポピュリズムの蔓延と、そこから生まれてくる経済政策の不毛を、データに基づいて示唆した記事だ。筆者は同紙の金融政策担当であるジョエル・サス。彼は、「いまやすべての経済的テーマがポピュリスト政治に大きく左右されている」という。「ドナルド・トランプ大統領による、FRBを掌握しようとする飽くなき、エスカレートする戦いをみれば、そのことは一目瞭然だろう」。

サスはいくつものグラフ化したデータを提示しているが、もちろん、そもそも「ポピュリズム」「ポピュリスト」の定義が難しいことは十分に自覚している。「定義によって研究は異なり、最終的な集計も異なる」ことは分かっている。彼が採用するのは「既存の体制やエリートに対抗し、民衆を中心に考える政治スタイル」という「標準的かつ広範な定義」であるという。ここですでに躓いた読者もいるだろうが、ともかく、しばらくは彼の定義にしたがってみてみよう。


彼の定義によればこの数十年、ポピュリズムは隆盛をきわめ、いまや「ポピュリスト政府」と呼べる政体は「右派ポピュリズム」と「左派ポピュリズム」を合わせると、いまや世界の政府の25%を占めているという。「アメリカについては言うに及ばず、もちろん英国、ドイツ、フランスなど、他の多くの国でもポピュリスト政党が政権に食ってかかっている。エスタブリッシュメント(既存の権力者層)の指導者たちが明らかに動揺しており、政権や政治運営のレトリックを変えざるを得ない状況にある」。


では、ポピュリズムはいけないことなのか? サスにいわせれば経済的にみてイエスである。キール研究所はポピュリスト政権が経済にどのような影響を与えるかを分析しているが、それによれば「ポピュリスト政権が15年間続いた場合、ポピュリスト政権でなかった場合と比べると、1人当たりの実質GDPが10%以上減少することが分かった」という。繰り返しになるが、「重要なのは左翼か右翼か、ヨーロッパか南米かは関係なく、ポピュリストの経済は、ほぼ全部が国民を苦しませるということなのである」。


では、なぜポピュリズムがこれほどの被害をもたらすのだろうか? 保護貿易主義、持続不可能な財政債務、司法の独立の侵害など、さまざまな要因があげられる。「しかも、経済コストが高くなったことでポピュリズムが疑問視される傾向はない。むしろ、ポピュリスト指導者は2期以上の在任期間を持つ傾向が著しく高く、非ポピュリストの指導者よりも長く存在する傾向がある(平均8年対4年)。また、ポピュリズムが台頭した国は、一旦、ポピュリズム政権が終わっても、再び台頭する可能性が高い」。


ここから出てくる憂鬱な見通しは、アメリカのポピュリズム政権も続く可能性が高く、たとえトランプが退いても、同じようなポピュリズムを煽る政権が成立すると思われることである。すでにヨーロッパの国ぐにでもポピュリズムへの支持が高くなり、たとえば英国のナイジェル・ファラージの「リフォームUK」の支持が、4月以来、世論調査でおどろくべきリードを保っていることは、特記にあたいするだろう。

サスはさらにこうしたポピュリズム蔓延の原因を指摘して、それを緩和あるいは阻止するための方策をいくつか並べている。ポピュリズムの台頭を防ぐには、第一に、緊縮財政は行わないことだという。「2019年の著名な研究によれば、英国の連立政権下で始まった緊急財政に起因する改革が、ブレグジットを引き起こした可能性が非常に高いことを示している。すくなくとも、2010年代の福祉改革への個人への関与は、離脱投票の行動パターンと強い相関関係にある」とのことである。


ポピュリズム阻止のためには、第二に、金融危機を回避することだ。「2008年以前と以後の英国地域における失業率の相対的な変化は、その地域がブレグジットを支持する強力な要因だった」。この点、現代のポピュリズムの説明として、地域経済の衰退と「取り残された地域」の問題が大きいとされている。サスによれば、アメリカでは2020年から2024年にかけての、トランプ支持率の急激な上昇を強く生み出したものとして、2020年以降の実質所得の伸び率の相対的弱さがあげられるという。

この「地域性」はアメリカ大統領選の「激戦区」を見れば歴然としているが、最近の研究では、ヨーロッパ地域開発基金の支出によって、右派ポピュリスト政党の得票率が大幅に減少したことが注目に値するという。イタリアの自治体を対象とした別の研究でも、同様の結果が得られており、資金の増加はポピュリズムの大きな後退につながったとサスは見ているようである。

ポピュリズム回避のための、第三の視点は、コミュニケーションであるという。たとえば、バイデン前米政権の歳出法案は、不満をもつ共和党支持者への地域への資金流入を大幅に増加させるものだったが、このプロジェクトは十分に周知されていなかったため、目に見えるかたちでポピュリズム回避の効果を持たなかった。「コミュニケーションは、ポピュリストにとって中心的なツールであるのに、主流政治家の間では禍少評価されて、十分に活用されていない。カリスマ性と説得力を持つ穏健派からの強力なメッセージは、ポピュリストの誘惑を打ち砕く可能性は高い」。


以上が、フィナンシャル紙の金融担当ジョエル・サスの記事の概要だが、多くの示唆をあたえてくれると同時に、多くの問題も抱えていることがわかる。たとえば、こうした見方を日本に適用した場合、かなり有効な分析のツールとなると思われるが、日本に特殊な問題を炙りだしてくれることにもなる。サスは欧米の経済論の流れをうけて、ポピュリズムが非合理的に無理な財政支出を煽ることになるのは、自明のものと受け止めている傾向があるように見える。

しかし、日本では右派のMMTに基づく財政支出ドライブと左派の反緊縮経済学のドライブが合体するような光景を見せたいっぽうで、その根拠はいまだに十分なものとはいえない。欧米では異端経済学者たちの研究対象であり続けても、政策論としてはほとんど過去のものとなっている「いくらでも財政支出できる」との主張は、いまも日本では根強い支持をもっている。こうした支持は理論的および歴史的考察からみて、「財政ポピュリズム」から脱却できているのか、この問題については改めて触れたいと思う。