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東谷暁による「事件」に対する解釈論

アメリカのレフトは暴力を推奨するのか?;カーク暗殺が引き起こした左派暴力論争

9月10日、米国のトランプ派活動家のチャーリー・カークがユタ州の大学で講演中に射殺された。この直後トランプ大統領は「ラディカル・レフト」の言論が問題だと主張した。すぐにレフトからの反論が相次いだが、3日後、英経済誌ジ・エコノミストは「米国の過激左派による暴力は本当に増加しているのか」を掲載し、データを挙げつつカーク事件は左派の一般的傾向でないと指摘した。しかし事件から5日後、ヴァンス副大統領は別のデータをもちいて「左派は遥かに暴力を称賛する傾向が強い」と指摘している。正しいのはどちらなのだろうか?


まず、ジ・エコノミストが最初に掲載した記事から、中心的なデータと主張を見てみよう。シンシナティ大学の研究プロジェクトが提示しているデータでは「左翼、右翼両方の過激派が暴力行為を冒しているが、より多くの事件は右派の攻撃者のものに思われる」。また、ニューヨーク州立大学の研究者による論文では、「左翼の暴力は調査期間を通じて増加しているものの、極右による攻撃は極左によるものより頻繁で致命的であることが分かった」と述べている。

グラフはすべてジ・エコノミストより:暴力はレフトが多いわけではない


ところが、事件から5日後にヴァンス副大統領が掲げたデータは、エコノミスト誌も採用することが多い世論調査会社ユーカブのもので、ヴァンスは「リベラル派(政治的に中道左派)を自認するアメリカ人は、保守派や穏健派に比べて、ときには政治的暴力を正当化することがあり、著名人の死を喜ぶことを許容する傾向がはるかに高い」と指摘した。そこでジ・エコノミスト誌は9月17日に「アメリカの左派は本当に政治的暴力を支持しているのだろうか?」を掲載して、他のデータを加えて改めて検討している。

たしかにリベラルの若い層は暴力を容認する傾向がある


ここらへんは同誌の姿勢はきわめてフェアで潔いものだと思う。まず、ヴァンス副大統領の取りあげたデータから紹介している。「リベラル派の20%が政治的暴力は正当化できると考えているのに対し、保守派と中道派では7%だった。私たち(エコノミスト誌)の調査では、あらゆる年齢層のリベラル派は保守派よりも政治的暴力を容認する傾向が高いが、特に40歳以下の若い人びとがそうする傾向があることが分かった。アメリカの若いリベラルの3人に1人は、政治的目的を達成するためには暴力が正当化されることがあってよいと考えている」。

Sky Newsより:MAGAの若手だったチャーリー・カーク


このようにエコノミスト誌は認めたうえで、そこから巻き返しを試みているが、ここらへんからが本当の読み所といえよう。同誌がいうには、考慮すべき大きなファクターは、調査会社が調査のさいにどのように質問するかということだ。たとえば、超党派の公共宗教研究所が「真のアメリ愛国者は国を救うためなら暴力に訴えるべきか」との質問をしたところ、答えは「共和党支持者は民主党支持者よりも暴力を支持する傾向が強かった」。

調査法しだいで暴力を是認するのは共和党支持者が多くなる


もうひとつのファクターは、調査がいつ行われたものかということだという。たとえば、トランプが大統領に再選した後には、共和党支持者の政治的暴力に対する容認は劇的に低下した。カーク氏の暗殺前と暗殺後に実施されたユーカブの世論調査でも、党派支持者は支持する人物への攻撃があった直後は、政治的暴力を「非常に大きな問題」とする傾向がきわめて高くなることが分かった。ヴァンス副大統領が左派を批判するさいに用いた調査は、カーク暗殺の直後に実施されている。「これが共和党員は民主党員よりも政治的暴力を激しく非難した理由のひとつといえるだろう」。

事件の直後には攻撃を受けた政党は暴力に批判的になる


さらに、ある政治学者たちのチームよれば、党派支持者はイデオロギー上の敵対者の暴力支持を最大4倍も過大評価しているという。「敵対者を恐れるあまりに、彼ら自身も暴力をより強く支持するようになる。しかし、事実を知ると暴力支持者は3分の1に減少してしまう」。そこでジ・エコノミスト誌は「ニュアンスや文脈を緩和することなく、リベラル派は暴力的であるという印象を与えたヴァンス副大統領は、保守派の不安を和らげることに、まったく役に立たなかったということになるだろう」と暫定的に結論づけている。これは、やや無理筋の論という気がしないでもない。

敵対党派に対しては暴力是認者の割合を現実より4倍多いと想像する


リベラルという言葉、レフトという言葉、極左という言葉、極右という言葉。こうした言葉の定義はきわめて曖昧で、ヨーロッパに多く生まれた移民反対の新政党は「極右」と表現される場合が多い。また、日本の「参政党」なども欧米で「極右」と書かれたこともあった。しかし、私設軍隊や武装集団を持たない組織をナチスファシストと同列におくのは、いくらなんでも過激な表現だと思う。むしろ、国内の治安に軍隊を乱用するようになったトランプ政権のほうが、歴史的にはよっぽど「極右」だろう。こうした議論においては、まずもって分類の方法の慎重な検討が必要だと思われる。そしてそのうえで明確な定義を行ったうえで調査をすべきではないだろうか。

極左や極右が政治的な攻撃をしかける


ジ・エコノミスト誌の2つの記事は、率直にいって「右派でない」「保守的といわれたくない」ジャーナリストたちが、かなり防衛的になった分析であることが否定できない。私は単純に右派でも左派でも、理想主義的傾向や宗教的傾向をもっている集団・運動が、しばしば暴力的になる歴史的事実を思い出す。そしてまた、人間の性質を考えたさいには、若いほうが急進的になりやすく、年齢を重ねることによって穏健になる傾向も認める。しかし、トランプを襲撃した若者もカークを射殺した若者も、いずれも個人的な行為として、暗殺を綿密に計画してそれを確実に実行した。これはもっと今回の事件についても注目されてよいファクターだろう。

テロリストの攻撃対象となるのは何か?


そして、そのことと関連していると思うが、冒頭に挙げた「米国の過激左派による暴力は本当に増加しているのか」は、最後に、ジョンズ・ホプキンス大学リリアン・メイソンの次のような考察を取り上げている。「こうした最近の事件に見られる暴力には、政治家への攻撃によって大義を推進しようとするよりは、自分が人びとの注目を集めるために行われる傾向があります。彼らはおそらく(今回のような銃撃でなくとも)何らかのかたちで暴力行為を行っていたでしょう。ただ私たちの政治が、彼らを政治的な標的に向かわせただけなのです」。もちろん、この説もしっかりした根拠となるデータが欲しいところだが。