発表されたときは世界中からの多くの称賛を受けた、トランプ大統領のガザ地区和平プランだったが、時間がたつにつれてその内容の実現が困難なものであることが、ますます明らかになってきた。プーチンとのアラスカでの電撃的会談もそうだったが、何より重視されていたのは、そのときの国際世論やマスコミへのインパクトであって、実現可能性や達成にむけての誠実でしたたかな戦略ではないのだ。

トランプが平和の使者? まさか
米紙ワシントンポスト10月5日付は「イスラエルとハマスは和平交渉への準備はあると述べているが、依然として大きな隔たりがある」を掲載して、交渉が行われたとしても根本的な点で折り合うことは無理で、失敗に終わる確率が高いことを示唆している。「停戦合意に向けてイスラエルとハマスが数か月で最も強力な圧力を受けていることは確かだが、両者の立場には依然として大きな隔たりがあり、脆弱なデタントが崩壊する可能性は高い」。
トランプ大統領の和平案について、細部を巡る交渉は10月6日に始まるとみられる。しかし、この計画は9月29日に発表される前にイスラエルのネタニヤフ首相が枠組み作りにかかわったことは分かっており、当然、ハマスとしては自らの意見を反映させるために修正を要求している。「両者ともに武器を放棄するかについては、いま矛盾しているメッセージの情報が流れているが、確実なのはネタニヤフがイスラエル軍の武器放棄を譲歩できないことだ」。

同紙では、ガザ地区南部ラファから避難してきたジャーナリスト、ハルーン・アルカルネブは、現在の提案では戦争が終結するとは思えないと述べている。「多くの合意が成立したが、結局のところ、合意には真剣さが欠けている」。彼はハマスが人質全員を引き渡すことを懐疑的に見ており、それは「ハマスが交渉力を失う」ことになってしまうからだと指摘する。いっぽう、イスラエルが本気でガザでの作戦を終えるかどうかも強く疑っているという。
トランプのプランが発表されたさい、すでに投稿しているように、複数のメディアがトランプ称賛の平和のメロディを奏でた。さらにここに加えるのは馬鹿馬鹿しいので、今回は直後に国際政治学者のウオルター・ラッセル・ミードがウォールストリート紙9月29日付に寄稿した「トランプ、世界のシナリオをひっくりかえす」の一部を引用しておこう。ミードは2016年からトランプ崇拝者となってしまい、トランプ政権の2期目に入ってからは御用学者の役割をしっかりと担っているといえる。

プーチンに振られたら、こんどはゼレンスキーに粉かける
「プーチンとの会談も今回のガザ和平案もトランプらしい行動だった。注目を集め、彼を世界の政治ドラマの中心においた。ウクライナとガザを巡る議論を再構築し、世論を一変させた。他の国家元首たちの無責任な発言とトランプの発言の影響力を比較すれば、トランプがいかに圧倒的な威厳をもった政治家かが分かる。しかも、これらの行動はトランプに不快な事態を招いたり、深刻な損害を与えたりすることはなかった」
一時期はアメリカの民主党系と共和党系の国際政治学者たちの間に入って、国際政治についての議論を活性化することに功績のあったミードだが、ここまで馬鹿をさらしてしまえば、御用学者どころか安っぽい幇間としか呼びようがない。2つの事態へのトランプの言動が「トランプらしい」ものであったことは間違いがないが、それはまさに「無責任な発言」と「威厳」のない姿勢にほかならず、世界をさらに混乱に陥れるものでしかない。
前出の投稿ではジ・エコノミストのトランプ称賛の社説も紹介しておいたが、いまの時点で同誌は現実を直視せざるを得なくなり、たとえば10月4日付には「トランプのガザ和平計画に対し、ハマスは『イエス、バット』と答えている。それだけでは十分ではないのだ」という長いタイトルの記事を掲載している。結論から紹介しよう。「トランプ大統領の計画は細かい部分を欠いている。実行に移すまでには数日、あるいは数週間の協議が必要になるのは当然だった。ハマスはそうした協議に応じる意向を示しているが、協議が成功するかは依然として不透明である」。

握手が強いからといって2人の関係が強固とはかぎらない
同記事はいまの事態の構図を分かりやすく紹介しているので、もう少し紹介しておこう。「ハマスはトランプの計画を受け取って、それを2つの部分に分けて見ている。1つは停戦、人質取引、そして人道支援であり、これらは合意後数日で実行可能だ。もう1つは戦争後のガザ地区の再建と統治方法についてのものだ」。「2つ目の部分については、ガザ地区について、漠然としているが遠大なビジョンをトランプは提示している。しかし、それは、ハマスが武装解除を義務付けられ、そのメンバーには恩赦か国外追放かの選択肢が与えられるというものだ」。
恩赦が得られたからといって、身の保証は危ういと思うほうがまともだろう。そして、国外追放を選んだときには、安全な行き先を与えてくれるわけではなく、また、本当に解放してくれるのかもよくわからない。そしてまた、ガザはヨルダン西岸地区のパレスチナ人が中心的な住人となるとトランプ案では記されているが、この項目についてイスラエルのネタニヤフ首相はまったく認めていない。 同記事もこの2つ目の部分については「ハマスはほとんど受け入れなかった」と書いている。これでいったい何が「合意」できるというのだろうか?
今回のトランプ案には、彼の娘婿のクシュナーが深く関わっているといわれ、そのユダヤ系のマスコミ関与者への影響力も考える必要があるかもしれない。しかし、その場合でも、もし本当に実現性を考えるならば、あまりにも粗雑なトランプ外交のプロセスが問題になるわけで、基本的にはこの和平工作も、ウクライナで犯した拙速と強引さが繰り返されているといわざるをえない。まったく異なる立場の相手と同意に漕ぎつけるという外交には、トランプはまったく不向きでなのに、若い頃からの「ディール」が通用すると思い込んでいることが、最大の原因ということになるかもしれない。この2つは似ているようでいて、まったく異なる行為なのである。
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