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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ゴールドが高騰している本当の理由;ロシア侵攻やインフレ対策よりも大きな要素がある

ゴールドが高騰している。金投資をしていた人たちはホクホク顔だろうが、なかにはこれから投資してみようかと迷っている人もいるかもしれない。しかし、なぜこんなに高騰しているのか、まずはそれを知りたいところだ。もちろん、それにはさまざまな説があるが、そうしたさまざまな説が、いまの状態をよく説明してないのが問題なのだ。そのへんについて、英経済紙フィナンシャル紙のコラムニスト、ケイティ・マーティンに聞いてみよう。


フィナンシャル紙の「長期的視点」というコラムは、ちょっと変わっていて、かなり大胆なことを言ってみたり、逆に、細かな分析から意外な結論を出したりする。読者の方も、これは言いすぎと思うこともあれば、これはエッジが効いていて面白いと感心することもある。ようするにお堅い経済分析を仰々しくやるのではなく、そのときどきの市場の動向を、データを基にしてはいるが、軽快にウィットを効かせてエッセイに仕上げている。

今回10月25日付のタイトルは「いまのゴールド・ラッシュは投資家たちの、とほうもない考えすぎの爆発だ」というもので、金投資の過熱をちょっと斜めから論評している。データを見れば、いま金の価格は高騰しており、今年だけでもすでに66%も上昇して、最高値1オンス4400ドルに達した。それが少し前にちょっと下落して4100ドルになったので、投資家たちはさらにいまの金高騰の「理由」を知りたがっているわけである。


「これまで出てきた金高騰の理由は、どれも納得できるもので、すでに十分に議論されているといってよい。2022年9月から金は急騰し始めたが、それはロシアによるウクライナへの全面侵攻から数か月した時期で、アメリカ当局が報復としてロシアのドル資産を凍結した直後に、金価格は確実に上昇している。これは理にかなっている。しかも、今年は、無節操になった財政政策を、将来インフレを起こして帳消しにするのではないかと思った機関投資家たちが、インフレ対策として金を買っているというのも正しいだろう」

しかし、それだけでいまのような、度外れた金の高騰が生まれるのかといえば、やっぱり別の要素を考えねばならないわけである。すくなくとも、これから金を買ってみようかと迷っている素人さんたちには情報があまりに不十分というしかないだろう。この課題にたいしてケイティが提示している答えというのは、「戦争とかインフレとかは重要だけど、いまの状況を説明するには、かならずしも十分なものだとは思えない」というものだ。


地政学とかインフレとか、そうした見方は、金価格の最近の上昇局面の最大の原動力を、つまり価格チャートを見た時に(かなり角度が大きい)右上がりのラインが、投資家にとってどれほど魅力的かということを、見落としているといわざるをえない。ここで重要なのは、ゴールドが最近、(機関投資家だけではなく)個人投資家の間でどれほど人気があるのかを考えてみることだ。全体として、いま金価格を上昇させている大部分は彼らが生み出しているのである」

ケイティが注目すべきだというのは、ロシアのウクライナ侵攻による地政学的ファクターとか、英国政府の陰謀的な財政政策とかも大事だけれど、いま、すごい勢いで金に手をだしているのは「個人投資家」たち、つまり、あっさりいってしまえば素人さんたちだと言うのである。しかも、そうした金人気はオンライン上の金売買のサイトが圧倒的で、個人投資たちがおし寄せ、しばしば「いま取引できません」という表示に出くわしている。


英国王立造幣局の市場インサイト・マネジャーであるスチュアート・オライリーは、「同局のサイトへのアクセス数が昨年10月と比べて約2倍となり、金の購入額は昨年の4倍にも跳ね上がっていると証言している。特にキャピタルゲイン税が免除される金コインは、最も人気の購入対象となっている」。ちなみに、英国の伝統的コイン、ソブリンコインは約800ポンドで購入できるし保管も頼める。現在約3500ポンドで販売されているブリタニアコインも保管してもらえるので、購入したい人にはお勧めだとケイティはいう。

「こうしたことをすべて考慮すれば、ここ数日の金価格の変動が大きいのは当然といえるだろう。このような熱狂的な需要が永遠に続くことは稀であるし、ましてや一直線に推移することはまずないといってよい。事実、最近は4400ドルから4100ドルに下落したが、まあ、機関投資家はもちろん個人投資家もすでにかなりの含み益を手にしているわけだから、彼らの幸運を祈るといっておこう」


そして締めくくりは、ウィットが効いているというよりは、これまでの歴史的な知恵を推奨するといったもので、ちょっと仰々しい気がしないでもないが、あまりにも正しい。「通貨の価格下落や地政学の変化といった複雑な議論を展開するよりも、いまは最もシンプルな説明が最善だろう。先祖伝来の知恵という宝は私たちに何かを告げている。それは『大勢並んでいる列(ライン)に加わる(のは愚劣な行動だ)』ということなのだ」